第11章 ほどけない指先
タ「お、ありがとう。さすが耳が早いな。」
その言葉は一見軽い。
けれど、彼の眼差しは明らかに女を射抜いていた。
(……どうしてここで、聞くの……。)
女の胸は締め付けられるように痛んだ。
言葉にできない想いが喉の奥で絡まり、ただ沈黙が流れる。
なとりはそんな彼女の沈黙を察し、代わりに話題を広げようとする。
な「歌い方とか、やっぱりタツヤさんらしい熱があって……。」
タ「お、そこ気づいてくれた?」
な「もちろんです。」
ラジオらしいテンポで会話は戻った。
しかし、2人の間に流れる微妙な緊張は女にとって耐えがたいほど鮮烈だった。
ガラス越しに合図が出て、CM入りのジングルが流れる。
オンエアが一旦切れた瞬間、女は小さく息を吐いた。
「……タツヤ。」
思わず名前を呼ぶと、彼は片眉を上げる。
タ「なに?」
「なんで、今……。」
タ「だって、感想聞かないとわかんないじゃん。」
軽い口調。
でもその奥に潜む意図を女は感じ取ってしまう。
なとりもまた、黙ったまま2人を見ていた。
彼の瞳には、さっきの言葉以上に濃い感情が渦巻いていた。
(この3人の関係、どうなっちゃうんだろ……。)
再び赤いランプが点灯し、番組が戻る。
だが女の胸のざわめきは収まらないまま、マイクに向かって声を絞り出すしかなかった。
ラジオの放送を終えた夜、スタジオを出た3人はそのまま“お疲れさま会”と称してキタニの部屋へと向かった。
繁華街を抜けて少し歩けば、彼の生活感のあるマンションに辿り着く。
タ「ほら、入れよ。狭いけど。」
な「全然! 落ち着く感じですね。」
「タツヤの家、久しぶりかも。」
靴を脱ぎ散らしながら笑う女の声は、すでにどこか弾んでいた。
テーブルに並んだのは買ってきた缶ビールとチューハイ、惣菜のパック、簡単に切ったチーズとサラミ。
タ「はい、じゃあ改めて――ラジオお疲れさまでした。」
缶を掲げるキタニの声に、なとりと女も笑顔で応じる。
な、かや「かんぱーい。」
プルタブを弾く音、炭酸のはじける音。
それだけで、今夜が少し特別なものになる予感がした。