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上書きしちゃった

第11章 ほどけない指先


スタジオの中は、柔らかな照明と小さなモニターに映るタイマーの数字だけが静かに進んでいた。

ガラスの向こうにはスタッフが控え、合図を送る赤いランプが灯る。

タ「――というわけで、今夜のゲストは、この2人です。」

パーソナリティであるキタニの声が軽快に響く。

「よろしくお願いします。」

な「お願いします。」

女となとりは並んで座り、マイクに向かって声を揃えた。

普段のステージとは違う密閉された空間。

ヘッドホン越しに聞こえる互いの声がやけに近く感じられ、女は自然と胸が高鳴るのを覚えた。

番組はいつものように和やかに進んだ。

ファンから寄せられたメッセージを読み上げたり、音楽にまつわるちょっとしたエピソードを語ったり。

キタニは軽妙に話を回し、ときおり冗談を交えて場を和ませる。

タ「いやあ、でもこの2人が並んでるのって、俺からするとすごく新鮮なんだよね。」

「え、そうですか?」

と女が笑えば、

タ「だって、なとりくんなんて前から“聴いてます”って言ってくれてたでしょ?」

な「はい。まさかこうして一緒に呼んでもらえるとは思ってなかったです。」

タ「俺、嫉妬しちゃうよなぁ。」

軽口のように言うキタニに、スタジオは一瞬笑いが広がる。

女はその笑いに乗りながらも、胸の奥に小さな棘を感じていた。

(冗談なのか、本気なのか……。)

そんな空気を破ったのは、唐突な一言だった。

タ「……ところで、俺の新曲、どうだった?」

女は瞬時に息を呑む。

スタジオの空気がすっと変わったのを感じた。

さっきまでの軽やかな調子とは打って変わって、その声には探るような響きがあった。

視線を向けられた女は、マイクの前で固まってしまう。

携帯に届いたあのURL。

彼らしい熱を込めて歌った恋の歌。

自分に向けられているとしか思えない歌詞。

口を開こうとしても、喉がひりついて声が出ない。

「えっと……。」

かすれた声を出したところで、横からなとりの声が重なった。

な「……良い歌でした。」

静かに、しかしはっきりと。

なとりの目は正面のマイクではなく、ガラスの向こうのスタッフ席を見ていた。

その横顔には、微かに苦さが滲んでいる。

キタニは一瞬だけ唇を緩め、笑う。
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