第11章 ほどけない指先
けれどその事実が、今こうして彼を苦しませている。
「なとり……。」
名前を呼ぶと、彼はふっと息を吐き少し照れくさそうに笑った。
な「すみません、朝から重いですね。……でも、僕は……かやをちゃんと欲しいと思ってます。」
その声には真剣な想いと同時に、ほんの少しの焦りが滲んでいた。
スピーカーから流れるキタニの歌声は、まるで2人の間に割り込むように響き続ける。
女は胸の奥がざわめくのを抑えきれず、ただ黙ってその歌を最後まで聞いた。
横でじっと聴いていたなとりの表情が強張っていく。
眉間に刻まれた皺、伏せられた視線。
彼の胸に黒い影が積もっていくのが伝わってきた。
(まるで……タツヤが、私に歌ってるみたい……。)
そんなことを考えた瞬間、なとりの低い声が割って入った。
な「……ずるいですよね、これ。」
女は、はっとして振り向く。
「ずるいって?」
な「俺が……かやに“好きだ“って言ったの、ちゃんと見てたくせに。」
なとりは携帯を机に置き、拳を軽く握った。
な「その後に、こんな歌を送りつけるなんて。」
声の奥に潜む感情は嫉妬に他ならなかった。
彼はいつも穏やかで、相手を立てるような態度を崩さない。
けれど今は違う。
目の奥に宿る焦燥と独占欲が、女の心を一層ざわめかせる。
「なとり……。」
な「だって、まるで……“かやを奪う”って言ってるみたいじゃないですか。」
歌声が2人を縛りつけていく。
それは愛の歌であり、挑発でもあった。
女は返す言葉を失い、ただ視線を逸らすしかなかった。
なとりはそんな彼女の横顔を見つめ、苦く笑う。
な「……俺、もっとちゃんと伝えないと駄目なんですね。」
その声には、昨夜の激情の続きのような熱が残っていた。