第11章 ほどけない指先
ベッドの上で目を覚ますと、まだ薄暗いカーテンの隙間から朝の光が射し込んでいた。
枕元で携帯の通知音が鳴り、女はぼんやりと手を伸ばして画面を確認する。
差出人の名前を見て、一瞬心臓が跳ねる。
――タツヤ。
眠気が一気に吹き飛んだ。
内容は短い。
【なとりの真似してみた】とだけ書かれ、続けてURLが貼られている。
「……タツヤから……?」
思わず小声で呟いた瞬間、すでに先に目を覚ましていたらしいなとりが横から覗き込んでいた。
彼は無言で携帯を受け取り、ためらいなくリンクをタップする。
な「おはようございます……って言うタイミングじゃないですね。」
苦笑しながらも、なとりの瞳はどこか鋭さを帯びていた。
スピーカーから流れ始めたのは、耳に馴染みのあるキタニの声。
歌い出しのフレーズに、女の心臓はさらに速く打ち始めた。
大切な人に触れてしまった瞬間の震え、欲望と愛情の境目に揺れる心情、そして“君のおどけた声が聞きたい”という言葉。
まるで、自分のことを歌っているみたいに感じられた。
な「……タツヤさん、こういうの……急に送ってくるんですね。」
なとりが取り繕うように呟くと、かやは視線を伏せたまま頷いた。
彼の声は穏やかだったが、どこか硬い。
女は戸惑い、言葉を探す。
曲はサビに入り、切実な声が部屋に響き渡る。
“乾いた空に雨雲が押し寄せるように涙が溢れそうになる夜”、“優しいユーモアを、もっと教えて”――
その表現が、かえって胸を締め付けた。
なとりはじっと女を見つめている。
瞳の奥に嫉妬が揺れ、しかし必死に冷静を装っているのが伝わった。
な「……僕、まだかやと付き合ってるわけじゃないです。」
低い声で切り出され、女の心臓が跳ねる。
な「でも……昨夜、僕に見せてくれた顔……それを、タツヤさんにまで知られているみたいで……正直、落ち着かないです。」
女は思わず目を逸らした。
そうだ、彼と自分は正式に恋人ではない。
ただ、流れに身を任せてしまっただけ。