第1章 揺れる熱の狭間で
キタニの提案で歩き出した2人は、繁華街を少し外れた住宅地に向かって足を進めていた。
「寄り道って、結局どこ行くの?」
女が問いかけると、キタニはポケットに手を突っ込んだまま肩越しに笑みを投げる。
タ「俺んち。まぁ、軽く飲むくらいならちょうど良いだろ。」
「え、良いの?急に押しかけちゃって。」
タ「大丈夫だよ。部屋ぐちゃぐちゃだけど、見せられないもんもないし。」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて」
そんなやり取りを経て辿り着いたのは、飾り気のないマンションの1室だった。
ドアを開けると、ふわりと漂うのは少しだけ湿った空気とインスタントコーヒーの残り香。
部屋は意外にも整頓されていて壁際には本棚、隅には楽器ケースやアンプが積まれている。
タ「ほらな、思ったより普通だろ。」
「うん、落ち着く感じ。」
女は鞄を置きながら笑う。
キタニは冷蔵庫を開け、缶ビールとチューハイを取り出してテーブルに並べた。
タ「どっち飲む?」
「じゃあ、チューハイで。」
プシュッ、と缶を開ける音が重なり2人のささやかな晩酌が始まった。
最初は他愛のない話が続いた。
最近聴いている音楽、互いの作業の進捗、くだらない笑い話。
けれど女のスマホは、テーブルの端に置かれたまま時折画面を光らせていた。
キタニがキッチンでつまみを取り出している隙に女は画面を素早くスワイプし、メッセージを打ち込む。
――今、タツヤの家で飲んでる。よかったら来ない?
送信先は、なとり。
彼に会ったときの余韻がまだ胸に残っていて、軽く声をかけるくらいの気持ちだった。
返事が来るかどうかも分からなかったが、すぐに“行って良いんですか?”と返ってきて女は嬉しさと同時に少しの罪悪感を覚えた。
キタニには言っていない。
だが、それをわざわざ告げる必要はないような気がした。
タ「お、これ食えよ。」
キタニが小皿に入れた枝豆を持って戻ってきた。
「ありがと。」
女は微笑み、スマホを伏せて置いた。
それから30分ほど、2人はグラスを傾けていた。
キタニが笑いながら冗談を飛ばし、女も素直に笑い返す。
ただその裏で、女はスマホの振動を心待ちにしていた。
やがて――。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
キタニは眉をひそめる。