第10章 囁きに溺れて
な「ふぅ……ここ、やっぱり落ち着きます。」
女は急いで冷たい水を用意し、彼の前に置いた。
「飲みすぎでしょ。大丈夫?」
な「大丈夫です……いや、ちょっとだけ……酔ってるかもしれません。」
そう言って笑うと、無造作に水を手に取り、1口飲む。
喉が上下する様子に妙な色気が漂い、目を逸らさざるを得なかった。
「……本当に、どうして来たの?」
もう1度尋ねると、なとりはグラスをテーブルに置き視線をこちらに向けた。
真っ赤に染まった顔。
けれど瞳だけは、酔いに霞まず真剣さを宿していた。
な「会いたかったから、です。」
短く、それだけ。
胸がまた跳ねる。
彼の言葉は、さっきまでの余韻──
玄関で交わしたキタニのキスを、鮮烈にかき消していく。
頭の奥が混乱しそうになる。
「……そんなこと、急に言われても。」
震える声で返すと、なとりはふわりと笑みを浮かべ少し身を乗り出した。
な「迷惑でした?」
語尾だけが丁寧で、酔いの甘さに包まれた声。
そのアンバランスさが、心を揺さぶった。
「……迷惑なんて。」
答え切る前に、なとりの指先がそっと女の手を包んだ。
温かい。
酒に熱を帯びたその掌は妙に心地よく、抗えない。
彼の笑みはとろけ、どこか無防備。
けれど握る手にはしっかりとした力があり、逃がすつもりはないことを告げていた。
「……ほんとに、どうしたの。」
もう1度呟くと、なとりは少し考える素振りを見せ、それから小さく吐息を漏らした。