第10章 囁きに溺れて
部屋の明かりを落とし、洗面所で顔を洗い終えたところだった。
髪をタオルで軽く拭きながら寝室に向かおうとしたその瞬間、玄関のチャイムが唐突に鳴った。
「……え?」
夜も遅い。
こんな時間に来る人間など心当たりはなかった。
心臓が一瞬だけ跳ね上がる。
恐る恐る玄関に向かい、インターホン越しに外を覗く。
そこに映ったのは、見慣れた姿だった。
なとり。
頬は赤らみ少し潤んだ瞳で、ふわりと笑みを浮かべている。
普段は端正で冷静さを纏ったその顔が、酔いに溶けて柔らかく緩んでいた。
「……なとり?」
慌ててドアを開けると、彼はよろけるように1歩踏み出し軽く手を振った。
な「……こんばんは。来ちゃいました。」
掠れた声が夜気の中で甘く響く。
「ちょっと……どうしたの? こんな時間に。」
問い詰めるように言いながらも、彼の様子に怒るより先に心配が勝った。
な「ラジオの……打ち上げがあって。」
ふにゃりと笑い、肩をすくめる。
な「みんなで楽しく飲んでたんですけど……気づいたら、会いたくなっちゃって。」
その言葉に、胸が一気に熱を持つ。
“会いたくなったから”酔っているせいかもしれない。
けれど、余計な理屈も飾りもないその言葉は真っ直ぐに胸を撃ち抜いた。
「……とにかく、中に入って。」
彼の腕を取ると、ほんのり酒の香りが漂った。
ふらつく足取りを支えながらリビングへ導く。
ソファに腰を下ろさせると、なとりは背もたれにゆるりと身体を預け、大きく息を吐いた。