第10章 囁きに溺れて
タ「驚かせたよね。」
「……うん。でも、嬉しかった。」
素直に言葉が漏れた瞬間、横で彼が小さく息を笑いに変えるのが聞こえた。
タ「その顔、番組中にも見たかった。」
「ちょっと……。」
タ「かわいかったよ。」
頬がさらに熱くなる。
返す言葉を探しても、胸の高鳴りに飲み込まれて声にならなかった。
タクシーは静かに夜道を進み、2人の距離は物理的には近いのに心の奥ではまだ踏み込めない緊張感が漂っていた。
だが、彼の横顔を見ていると胸の奥で何かが少しずつほどけていくのを感じた。
マンションの前にタクシーが止まった。
夜はさらに更け、街の喧騒は遠く住宅街の静けさに包まれている。
運転手に礼を言って車を降りると、外の冷たい空気が緊張を一気に濃くした。
隣に立つキタニの存在感が、昼間よりも強く感じられる。
「……ありがとう。わざわざ送ってくれて。」
玄関前に立ち、振り向きながら礼を言おうとした瞬間だった。
背中がふいに硬い壁に押し付けられた。
「……っ!」
驚いて息を飲む間もなく、彼の腕が壁に掛かり逃げ場を塞ぐ。
夜の街灯に照らされる彼の瞳が、暗い炎を宿すように近づいてくる。
唇が触れた。
深く、ためらいのない口づけ。
「ん……っ。」
目を閉じると、全身が痺れるように熱を帯びていく。
思考が掻き消され、ただ唇に与えられる熱と重みだけを感じる。
舌が触れ、甘く絡む。
壁に押さえつけられた身体は、彼の体温に逃げ場を奪われていく。
胸の奥がとろけ、頭の中は“このまま──”という予感でいっぱいになった。
彼の指が頬に触れ、優しく撫でる。
息が絡み合い、鼓動が重なり熱が一気に高まっていく。
女は思わず彼の服を掴み返した。
「……っ、タツヤ……。」
声が震え、熱に溶けそうに途切れる。
彼の顔がすぐ目の前にあり、その眼差しが熱を深める。
──このまま、部屋に連れ込まれて行為に及ぶ。
そう確信した。
膝の力が抜けかけ、唇をさらに重ねようとしたとき。
キタニはふっと息を抜き、唇を離した。