第9章 拒めない衝動
M「どっちから連絡することが多いんですか?」
「……それは……。」
女が言葉を濁すと、キタニがマイクを取って代わる。
タ「僕から、ですね。」
あまりにも自然に言い切られ、会場からは黄色い歓声が湧き起こる。
女はますます頬を赤くし、思わず両手で顔を覆った。
司会者は面白そうに
M「これはますます怪しいですねぇ。」
と茶化すが、観客は拍手喝采で盛り上がる。
女は視線を逸らしながらも、横に立つキタニの存在が大きすぎて落ち着かない。
彼は相変わらず余裕のある表情を崩さず、観客やスタッフに軽く会釈をしている。
その姿に、女は改めて彼の大人びた余裕と舞台に立つ者としてのオーラを感じた。
トークはさらに盛り上がり、番組の進行は笑いと拍手の中で進んでいく。
女はまだ驚きと緊張の余韻から抜け出せないまま、横に立つ彼の横顔を見て胸を高鳴らせていた。
ライトの下、歓声に包まれながら2人が並んで立つ光景は、まるで予定された演出のように絵になっていた。
だが女の心臓の速さは、それが偶然ではなく彼がわざわざ“来てくれた”という事実の重みのせいだった。
収録が終わったスタジオは、機材の片付けやスタッフの笑い声でまだ賑わっていた。
女は番組での緊張と思いもよらぬサプライズ出演で心が乱されたまま、楽屋で荷物をまとめていた。
鏡の前で深呼吸をしても、頬に残る熱はなかなか引かない。
「……本当に来てたんだ。」
思い出すだけで胸がざわめき、鼓動が速まる。
観客の歓声、司会者の茶化し、そして隣に立つ彼の落ち着いた存在感。
そのすべてがまだ頭の中で渦巻いていた。
ようやく片付けを終え、スタッフに挨拶をしてTV局の出口へ向かう。
外は夜の空気に変わっており、冷たい風が緊張で火照った頬を心地よく撫でた。
女はマスクをつけ、帽子を目深にかぶり人気の少ない通用口からそっと外へ出た。
──その瞬間。
タ「お疲れさま。」
低く落ち着いた声が闇の中から響いた。
女は足を止め、思わず顔を上げる。
街灯に照らされて立っていたのは、先に帰ったはずのキタニだった。
黒いコートを羽織り、ポケットに片手を突っ込んだまま静かにこちらを見ている。
「……なんで。」