第1章 揺れる熱の狭間で
カフェを出ると、夕暮れが街をオレンジ色に染めていた。
歩道を並んで歩きながらも、2人の間には微妙な温度差が漂う。
女がふと前を見やると、キタニはポケットに手を突っ込み無言で歩いていた。
横顔はいつもの余裕を装っているが、その奥には何かを計算しているような影がある。
「…ありがとう、ほんとに。」
もう1度そう言うと、キタニは横目でちらりと見て小さく笑った。
タ「礼なんか良いよ。そのうち…俺の方が、もっと喜ばせてやるから。」
その声には、静かだが確かな宣言の響きがあった。
女は返事をしなかったが、胸の奥で何かが小さく波打つのを感じた。
カフェの扉が背後で小さく閉まり、夕暮れの風がふわりと2人の間を通り抜けた。
街路樹の葉の隙間からこぼれる光が、オレンジと群青の境目を作っている。
歩道を並んで歩く足音が、さっきまでの会話の余韻を揺らす。
“礼なんか良いよ。そのうち…俺の方が、もっと喜ばせてやるから”
キタニが口にした言葉が、女の耳の奥で何度も反響する。
一瞬、何気ない冗談のようにも聞こえた。
けれど声色には、ふざけ半分の軽さだけではない何かが混ざっていた。
女は歩きながらちらりとキタニの横顔を盗み見る。
夕陽に照らされた横顔は少しだけ真剣にも見えて、なおさらその意味を確かめたくなった。
「…喜ばせるって、どういう意味?」
女は足を少し緩め、戸惑い混じりの声で尋ねた。
キタニは短く息を吐き、すぐには答えない。
前方の信号が赤に変わり、2人は横断歩道の手前で立ち止まった。
沈黙の間、車が数台通り過ぎる。
エンジン音が遠ざかると、キタニはようやく口を開いた。