第1章 揺れる熱の狭間で
タ「へぇ…そんなに良かったんだ。」
その笑みは一見いつも通りの余裕を纏っているが、声の奥にほんの少しだけ硬さが混じっていた。
女は気づかず、さらに言葉を重ねる。
「ほんと、紹介してくれてありがとう。あの場がなかったら、きっと会うこともなかった。」
タ「……別に、大したことじゃない。」
「でも――。」
お礼を言いかけた瞬間、キタニの視線がふと横に逸れた。
窓の外を見ているようでいて、その眼差しはどこか遠く僅かに冷えた色を帯びていた。
女はその微妙な変化に気づき、言葉を止める。
「……どうかした?」
タ「いや。」
キタニは短く答え、ストローをくわえてアイスコーヒーを1口飲む。
氷がグラスの中でカランと音を立て、その間に彼は一瞬だけ目を伏せた。
沈黙が数秒、テーブルの上に落ちる。
女は困惑を隠すように笑みを作った。
「なんか…変じゃない?」
タ「別に。」
そう言いながらも、キタニの声はほんの少しだけ低くなっていた。
普段なら冗談を挟んでくるはずの場面なのに、その軽さがない。
女はカップを両手で包み込み、ゆっくりと問い直す。
タ「…もしかして、ちょっと嫉妬してる?」
キタニはわずかに眉を上げたが、否定も肯定もしない。
タ「さぁな。」
曖昧な返事をしながらも、その表情は隠しきれない。
瞳の奥に相手を測るような鋭さと、どうしようもなく個人的な感情が交錯していた。
タ「だってさ、あんな嬉しそうに話すお前、珍しいから。」
その言葉は軽口のようでいて、棘が柔らかく包まれている。
女は少しだけ視線を逸らし、笑みを薄くした。
「…そんな顔しなくても。」
タ「してない。」
「してる。」
タ「……じゃあ、そうなんだろうな。」
キタニはため息を吐くように笑い、グラスをもう1度傾けた。
そこからは話題を変えるように音楽の仕事の話や近況が続いたが、女の中にはさっきの会話の余韻が残っていた。
キタニの嫉妬はあからさまではない。
けれど、その奥に潜む感情は軽く笑い飛ばせるほど薄いものではなかった。