第8章 すれ違う吐息
な「……かや、こっち来て。」
なとりは手を伸ばし、女の手首を軽く掴む。
な「そっちは危ない。俺の隣に座って。」
「え、でも……。」
女が戸惑う間もなく、なとりはぐっと引き寄せ自分の隣へと座らせた。
ソファのクッションが沈み、女と彼との距離が一気に近づく。
その強引さに驚いた女は瞬きを繰り返すばかり。
な「……悪いけど。」
なとりはタツヤを見据えた。
な「俺の目の前でそうやってベタベタされるの、気分よくないです。」
一瞬、部屋に沈黙が落ちた。
タツヤは缶を回しながら、肩をすくめる。
タ「……はは。嫉妬かよ。」
な「そうです。」
なとりは即答した。
な「俺は嫉妬してます。だって……大切だから。」
女は思わず息を呑んだ。
その声には冗談も飾りもなく、ただ真剣さだけがこもっていた。
タツヤはそんな2人を見て余裕の笑みを浮かべながらも、どこか楽しげに目を細めた。
タ「へぇ……良いじゃん。」
な「茶化さないでください。」
なとりの視線は揺れなかった。
な「……俺は本気で言ってます。」
女は胸が熱くなるのを感じていた。
なとりの隣に引き寄せられ、その体温を間近に感じながら心の奥底で波のように揺さぶられている。
無意識にタツヤへ甘えてしまったことが急に恥ずかしく思えて、俯いてしまった。
なとりはそんな彼女を見て、小さく息を吐く。
な「……もう、誰にでも触るなよ。」
その声は優しくも、確固たる意思を孕んでいた。
女は小さく頷き、彼の袖を掴んだ。
その仕草を見て、タツヤは声を立てて笑った。
タ「……お似合いだな。やっぱり。」
言葉は冗談めいているのに、その奥底に複雑な感情が滲んでいるように聞こえた。
なとりは何も返さず、ただ女の肩に手を回し、その存在を守るように抱き寄せる。
部屋の中に漂う空気は、先ほどまでの軽やかな飲み会の延長ではなくなっていた。
3人の間に横たわる感情の濃度が静かに、しかし確実に高まっていく。
女はその中心でただ震えていた。
なとりの真剣な眼差しと、タツヤの余裕を纏った笑み。
その狭間で揺れながら自分の心がどちらへ傾くのかも分からないまま、ただ時間だけが流れていった。