第8章 すれ違う吐息
タ「言葉にしなくても……顔見りゃ分かるよ。」
囁くような声。
タ「……俺のこと、気になってんだろ。」
その言葉と同時に彼の指がクッションを押しのけ、女の頬に触れた。
ひやりとした指先に、全身がびくりと震える。
「……タツヤ……。」
思わず名前を呼ぶと、彼の瞳が鋭く細められた。
タ「その呼び方、ずるいよな。」
低く熱のこもった声。
タ「もっと欲しくなる。」
顔が近づいてくる。
逃げ場を失った女は目を閉じかけるが、その瞬間タツヤは動きを止めた。
タ「……怖い?」
彼の問いは意外なほど柔らかかった。
女は息を詰め、震える声で答える。
「……怖い、けど……。」
タ「けど?」
「……嫌じゃない。」
タツヤの喉が小さく鳴った。
次の瞬間、彼の手が頬から首筋へ滑り熱を確かめるように指先が触れる。
タ「……やっぱりあげられねぇな。」
彼は苦笑しながらも、視線だけは決して外さなかった。
タ「なとりに渡せるわけねぇ。こんな顔、俺だけが見てたい。」
女の胸は張り裂けそうだった。
タツヤの強引さに惹かれる心と、なとりの真っ直ぐな想いに揺れる心。
どちらを選べば良いのか分からない。
その葛藤を抱えたまま、ただタツヤの熱に捕らわれていた。
――その時、廊下から水を流す音が聞こえた。
2人の視線が一瞬でそちらに向く。
そしてタツヤは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
タ「……続きはまた今度だな。」
彼は指先をそっと離し、ソファに戻る。
何事もなかったように缶を開け直すその姿が、逆に女の胸を強く締め付けた。
ドアが開き、なとりが戻ってくる。
な「……何かあった?」
怪訝そうな目を向けるが、女はただ首を振るしかなかった。
しかし胸の奥に残った熱は、簡単に消えるものではなかった。
2人きりになったわずかな時間で、タツヤが残した爪痕はあまりにも深かった。