第8章 すれ違う吐息
静かに、それでいて決定的な響きを持つ言葉。
女は胸の奥で強く脈打つ鼓動を感じていた。
タツヤの瞳が真っ直ぐに自分を射抜いている。
普段は余裕と冗談で包んでいる彼の視線が、今は裸の熱を帯びている。
「……困る。」
やっとの思いで声を出す。
「そんなこと、言われたら。」
タ「困らせたいんだよ。」
即答だった。
タ「だってさ、困るってことは……ちゃんと俺のこと見てくれてるってことだろ?」
彼は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
床板のきしむ音がやけに大きく耳に響いた。
女は逃げるようにクッションを抱きしめた。
けれど、その小さな盾など意味をなさないことは分かっていた。
タ「なとりが戻る前に……ひとつだけ聞かせてくれよ。」
すぐ目の前に立ったタツヤが、身をかがめて覗き込む。
タ「俺のこと、どう思ってんの?」
返事ができない。
頭の中は真っ白で、喉が張りついたように声が出なかった。
タツヤはそんな沈黙を見ても、すぐに引くような男ではない。
むしろ口元に深い笑みを刻み、そのままソファの背もたれに手を突き女を逃がさないように体を傾けた。
至近距離で感じる彼の熱。
微かに混じるアルコールの匂いと、汗ばむ夏の夜の香り。
女の心臓はさらに速く打ち鳴らされる。