第7章 揺れる心
タ「さて、どうする? 俺ら2人、どっちも譲る気はないらしいぜ。」
女は答えを探そうとするが、頭の中は混乱でいっぱいだった。
どちらも大切で、どちらも違う魅力を持っている。
今ここで選べるほど、簡単なことじゃない。
沈黙が落ちる。
外では遠く、夏の夜に響く車の音が微かに聞こえた。
なとりは黙ったまま缶を握りつぶし、タツヤは相変わらず余裕を装いながらも時折女の表情を気にしている。
3人の距離は近いのに、心の間には深い溝が横たわっているように感じられた。
女はようやく、小さな声を絞り出した。
「……2人とも、ずるい。」
その一言に、タツヤもなとりも同時に目を丸くした。
だがすぐに、タツヤが破顔する。
タ「ははっ、確かに。俺らずるいよな。」
な「……そうかもしれない。」
なとりも苦笑いを浮かべ、グラスをテーブルに置いた。
空気は少しだけ和らいだが、心に刻まれた言葉は簡単には消えない。
なとりの真剣さも、タツヤの余裕に隠れた本音も――。
夜はまだ続いている。
そして3人の関係は、この先ますます複雑に絡み合っていくのだと女は確信していた。
なとりがグラスを置き、ゆっくりと立ち上がった。
な「……ちょっとトイレ。」
短く言い残し、廊下へと足音を遠ざけていく。
ドアが閉まる音が響いた瞬間、リビングには女とタツヤの2人きりが残された。
急に静まり返った空間。
テレビも消され、聞こえるのは冷蔵庫の低い唸りだけだった。
女は無意識に缶を持ち直し、視線を泳がせる。
タツヤの方を見られなかった。
けれど、視線の端に映る彼の存在感は大きすぎるほど鮮烈だ。
タ「……なあ。」
不意に呼ばれ、肩が小さく跳ねた。
タ「さっきの、聞いたよな?」
タツヤの声は低く、しかし冗談めかすような軽さは消えている。
本気の色を含んだ声音だった。
女は小さく頷くしかできない。
タ「“お似合いなら俺にください”って……あいつ、マジで言ってた。」
タツヤはそう言いながら、ソファの背にもたれていた体を起こした。
その動きひとつで、部屋の空気が一気に濃くなる。
タ「でもな……俺も、あげられない。」