第1章 揺れる熱の狭間で
な「……俺、本気ですよ。」
なとりが静かに言う。
タ「知ってる。顔に書いてあった。」
な「だったら。」
タ「だったら何?」
な「…引くつもりはないです。」
その言葉にキタニは足を止め、わずかに笑みを深めた。
タ「そっか。じゃあ…俺もだ。」
風が2人の間をすり抜けていく。
淡い街灯の光が2人の影を並べ、やがて少しだけずらしていった。
その後の会話は、一見普通の冗談混じりのやりとりだった。
けれど、お互いの胸の奥には確かに小さな火種が灯っていた。
あの日から数日後の午後、女は駅近くの小さなカフェの窓際に座っていた。
ガラス越しの陽射しがカップの縁をきらりと光らせ、ミルク入りのコーヒーからはほのかな湯気が立ちのぼっている。
待ち合わせの時間から数分後ドアが開く音と同時に軽やかな足音が近づき、キタニがいつもの無造作な髪と肩にかけたギターケースのまま現れた。
タ「悪い、ちょっと遅れた。」
「ううん、全然。」
女は笑顔で手を振る。
キタニは向かいの席に腰を下ろし、店員にアイスコーヒーを注文した。
タ「で、どうだった?」
まだストローに口をつける前、キタニは唐突に切り出す。
「…どうって?」
タ「ほら、この前の、なとりと会った日。」
声色は軽いが、どこか探るような響きがあった。
女は一瞬だけ視線を落とし、そして小さく息を弾ませるように笑った。
「…すごく、嬉しかった。」
その声には、会えた喜びがまだ新鮮に残っている。
「歌もそうだけど、人柄がすごく素敵で…思ってた以上に話しやすくて。初めて会った気がしないっていうか。」
言葉を紡ぐうちに、頬がほんのり紅くなる。
それは照れと、あの日の高揚感が再び胸に蘇った証だった。
キタニは目を細め、唇の端をわずかに上げる。