第6章 抗えない視線
女は気づき、少し照れたように笑った。
「うん、なんかね。昔から知ってるから……つい。」
その言葉に、なとりは喉の奥が詰まった。
“昔から知ってる”それは自分にはない時間、自分には届かない関係。
ステージ上でギターをかき鳴らすタツヤの姿と、彼を呼ぶ彼女の声が胸に刺さる。
嫉妬なのか、焦りなのか自分でもわからない。
けれど、彼女の目がステージに釘付けであることだけは痛いほど理解できた。
タツヤは曲のイントロを奏で始めた。
会場が一斉にざわめき、次に来る曲を悟ったかのように歓声が高まる。
客「これが聴きたかったんだ!」
と叫ぶような熱気が広がり、空気が震える。
女は唇をかすかに開き、息を飲んだ。
「この曲……。」
なとりも知っている。
タツヤの代表曲。
観客が1番求めている瞬間。
そして、その曲に彼女がどれだけ思い入れを持っているかも、うっすら感じていた。
ステージに響き渡る歌声。
観客の大合唱が重なり合い、フェス会場全体がひとつの生き物のように動き出す。
女の瞳に光が宿り、頬がさらに赤くなる。
「……やっぱり、この人はすごい。」
その言葉は自分に向けられたものではない。
けれど、横で聞いているなとりの胸に突き刺さる。
彼女の表情が、まるで恋をしているように見えてしまう。
ステージにいる彼に向けられている熱と憧れ。
なとりは拳を強く握りしめていた。
それでも、視線を逸らすことはできなかった。
彼女が夢中で見つめるその人を、自分も見届けざるを得なかった。