第6章 抗えない視線
な「……それなら、よかった。」
ただそれだけを返す。
けれどその声は、心の奥に秘めた安堵と嬉しさを隠しきれていなかった。
なとりは、もう1歩彼女に踏み込もうとしていた。
舞台裏の薄暗がり、フェス会場の熱がまだ残っている空気の中で彼の眼差しはどこまでも真剣で少しだけ震えているようにも見えた。
な「……もっと、ちゃんと話したいんだ。」
そう切り出そうと唇を動かしかけた瞬間――
タ「盛り上がってるかーーッ!!!」
鋭いギターの音と共に、力強い声がステージに響き渡った。
轟く歓声。
地面が震えるような観客の反応に、なとりの言葉は一瞬にしてかき消される。
2人は思わず顔を見合わせた。
女は驚いたように瞬きをしてから、ふっと笑みを浮かべる。
「……タツヤ、始まったね。」
なとりは返事をせず、少しだけ眉をひそめていた。
けれど、彼女の瞳がステージの方へと向けられたのを見て自然と同じ方向に視線を移す。
舞台袖から見えるステージは照明に包まれ、まるで別世界のように輝いていた。
キタニは、ギターをかき鳴らしながら観客に問いかけ会場を一瞬で支配していた。
観客の声は、さっきまでのなとりのステージの熱を上回る勢いで渦を巻き押し寄せてくる。
女はその光景に目を奪われていた。
「……やっぱりすごいな、タツヤ。」
その声は感嘆と誇らしさが入り混じっていて、なとりの胸をちくりと刺す。
彼女の横顔を盗み見る。
頬に当たる照明の反射が柔らかく、ステージ上の彼を見つめる瞳がきらめいている。
自分のステージを見ていた時の顔と、何が違うのだろう。
同じくらい、いや、それ以上に熱を帯びているように見えてしまう。
な「……すごいよな。」
なとりは努めて平静に返した。
けれど声の奥には、抑えきれない何かが混じっていた。
タツヤはさらに観客を煽る。
タ「まだまだ声出せるかーーッ!」
どっと響くレスポンスに彼はにやりと笑い、音を刻む。
観客の熱狂がステージ袖まで押し寄せ、女の頬にまで熱風のように伝わってくる。
女は思わず両手を胸の前で組み、少し身を乗り出す。
「……本当に楽しそうだね、タツヤ。あの人……あんな顔、久しぶりに見た。」
な「久しぶり?」
なとりは問い返してしまう。