第1章 揺れる熱の狭間で
夏の夕暮れは短く、2人が玄関を出る頃には空はすでに群青とオレンジの境目を曖昧に溶かし始めていた。
アスファルトの表面にまだ昼間の熱が残り、歩くたびにふわりと温い空気が立ち上る。
キタニとなとりは並んで歩きながら、さっきまでの談笑の続きをする。
タ「いやー、意外と緊張してなかったじゃん。」
キタニが横目でなとりをからかうように言うと、彼は苦笑した。
な「いえ、めちゃくちゃ緊張してましたよ。…でも、話しやすくて。」
タ「だろ?ああ見えて気さくなんだよ、あいつ。」
な「うん…。」
なとりの声がほんの少しだけ、そこで熱を帯びた。
信号待ちの間、ふと2人は黙った。
赤信号の向こう、街路樹の隙間から見える夕暮れがやけに眩しい。
その沈黙を破ったのは、なとりだった。
な「…俺、たぶん、あの人に一目惚れしました。」
ぽつりと落とされた言葉は、蝉の声すら遠ざけるほど鮮やかに響いた。
キタニは少しだけ目を見開き次の瞬間には、にやりと笑った。
タ「へぇ…そう来たか。」
な「笑わないでくださいよ。」
タ「いや、笑ってるわけじゃない。…まあ、ちょっと面白くはあるけど。」
青に変わった信号を渡りながら、キタニはわざと間を取るように沈黙した。
歩道を抜け人気の少ない裏通りに入った頃、キタニはポケットに手を突っ込みながら口を開く。
タ「実はさ、俺も昔からあいつのこと、ちょっと特別に思ってたんだよ。」
な「……え?」
なとりは足を止めかける。
タ「いや、ほんと。あんまり言ったことなかったけど。」
キタニは冗談めかして肩をすくめる。
タ「だから、お前の気持ちはわかる。…でも。」
その“でも”に、ほんの僅かな重みがあった。
なとりは息を飲む。
な「でも?」
タ「譲れないんだよな、こういうのって。」
そう言って笑うキタニの目は、冗談と本気の境界線を曖昧に揺らしていた。
2人はまた歩き出すが、さっきまでの軽い空気はどこか変わっている。
虫の声が少し遠くに響き、足音がやけに近く感じられる。