第6章 抗えない視線
会場は夏の熱気と興奮で揺れていた。
野外フェス特有のむせ返るような熱風に照りつける太陽と観客の歓声が混ざり合い、ステージ裏まで震えるほどの轟音が届く。
女は自分のステージを終えたばかりで、まだ体の奥に鼓動の余韻が残っていた。
汗が頬を伝うのをタオルで拭いながら、モニター越しに次の出演者の出番を待っている。
今日は本当に奇跡のような日だった。
同じフェスに、同じ日に彼らが揃って出演することになるなんて。
音楽業界に身を置いていても、こんな偶然はそうそうない。
ス「次は、なとりくんだね。」
スタッフが声をかける。
その響きに胸がざわつく。
数日前の夜、彼の家で交わしたこと、そして流れてきた歌詞の意味を思い出してしまう。
モニターに映るステージ上のなとりは、もう完全に“アーティスト・なとり”の顔をしていた。
白いシャツをラフに羽織り、手にはギター。
観客が彼の名前を連呼し、歓声が波のように広がる。
な「……ありがとう。」
低く柔らかい声でマイクに囁くように言った瞬間、観客の熱がさらに高まった。
彼はいつものように淡々とした雰囲気を保ちながらも、どこか目が輝いているように見えた。
数曲を披露し会場の空気が完全になとり色に染まった頃、不意に彼はMCに入った。
な「……今日はね特別に、まだ披露してない曲を持ってきました。」
その言葉に、観客から大きな歓声とざわめきが起こる。
新曲。
しかもフェスで初めての公開。
だが次に続いた彼の言葉に、女の胸は強く締め付けられた。
な「これは……大切な人のために書いた曲です。」
歓声がひときわ大きくなった。
観客たちは一斉に
客「誰?」
客2「恋人?」
と囁き合っている。
裏でその言葉を聞いた女は思わず息を呑み、手に持ったタオルを強く握りしめていた。
自分のことだなんて、誰にもわかるはずがない。
けれど、彼の声色や選んだ言葉の端々に胸の奥を直接撫でられるような感覚を覚えてしまう。