第5章 君を映す歌
かやもグラスを口に運びながら、いつもの彼の軽妙なやりとりを眺めていた。
けれど、ふと視線が合うたびに胸の奥がざわつく。
テーブル越しに交わるその眼差しは、まるで“本当のことを知ってるのは君だけだ”と告げているようで。
タ「大丈夫? お酒、強くないだろ。」
唐突に、彼がかやにだけ向けて小声で尋ねてくる。
周りには聞こえない程度のトーンで。
「……平気。まだ1杯目だし。」
そう答えると、彼は満足そうに笑った。
そのささやかなやりとりだけで、酔いよりも強く熱が込み上げる。
けれど同時に、周囲の視線を意識せざるを得ない。
スタッフの前で、余計な仕草や声色を見せてはいけない。
彼もそれを理解しているからこそ、決して踏み込みはしない。
――なのに。
その制約が逆に甘美に思えてしまうのは、どうしてだろう。
二次会に行こう、という声も上がったがキタニは“明日早いから”とやんわり断った。
代わりに1次会の終盤、かやにだけ視線を送り口の動きで“このあと、少し歩かない?”と告げてきた。
胸の奥が跳ねる。
酔いのせいだと自分に言い聞かせても、全身が答えを知っている。
店を出たあと、人の流れに紛れて並んで歩く。
夏の夜の空気は湿っていて、街灯の光がぼんやり滲んでいた。
タ「……今日は、ありがとう。」
彼が不意に口を開く。
「ラジオ? それとも打ち上げ?」
タ「どっちも。」
そう言って笑う横顔は、どこか安心したようで。
その笑みに胸を掴まれる。
1線を引きながらも、やっぱり彼はかやを特別に扱っている。
それが嬉しくて、怖い。
足音が並ぶたび、ふと手の甲が触れ合いそうになり互いにわずかに距離を取る。
その繰り返しが妙にくすぐったく、心臓をさらに早めていった。
タ「……もう少し、歩こうか。」
彼の提案に、頷かずにはいられなかった。