第5章 君を映す歌
曖昧に笑って返すと、彼は肩をすくめる。
タ「大丈夫。全然バレてない。」
そう言って、意味ありげに目を細める。
胸が一瞬で熱くなる。
その言葉が何を指しているのか、理解してしまったから。
――本番中にかやが彼に視線を奪われていたことを。
タ「……そんな顔するなよ。」
低く笑いながら、キタニは軽く頭を撫でる仕草を見せた。
すぐに手を下ろすあたり、やはり人目を意識しているのだろう。
スタッフが行き交う通路で、彼が大っぴらに触れてくるはずもない。
けれど、その一瞬の温度が妙に名残惜しくて鼓動が早まるのを止められなかった。
タ「このあと、どうする?」
廊下を歩きながら、彼が不意に切り出す。
「特に決めてないけど……。」
そう返すと彼は少し笑みを深めて、まるで自然な流れのように言った。
タ「じゃあ、みんなで軽く打ち上げ行こう。場所はもう決まってるから。」
打ち上げ。
それは番組の後にはよくある流れだし、不思議でもない。
だが、どこかその言葉の裏に“2人きりになりたい”という気配を感じ取ってしまう自分がいる。
「……行こうかな。」
短く返事をすると、彼の横顔がわずかに和らいだ。
会場は駅近くの小さな居酒屋だった。
スタッフ数人と、キタニを中心とした輪が自然とできあがる。
乾杯のグラスがぶつかり合い、店内に笑い声が広がっていく。
ス「ラジオなのに、やっぱり声に色気出るんだよなぁ。」
スタッフの1人が笑い混じりに言うと、キタニは軽く肩をすくめてみせた。
タ「それ、褒めてんの? けなしてんの?」
すかさず返す彼に、また笑いが起きる。