第1章 揺れる熱の狭間で
な「でも、作りたい世界観って言葉にすると難しいですね。」
「うん、それはわかる。私もよく、もどかしくなる。」
女の共感に、なとりは少し安心したように息をついた。
やがて、3人はソファから床に移りテーブルを囲んでお菓子をつまみながら談笑するようになった。
キタニが持ってきたクッキー缶の蓋を開けると、甘い香りがふわっと広がる。
タ「これ、美味しいんだよ。食べてみ。」
な「じゃあ1つ…。」
なとりが口にすると、わずかに目を細めた。
な「ほんとだ、優しい味。」
タ「だろ?俺が選んだんだから間違いない。」
キタニは自慢げに笑った。
少しずつ、なとりの緊張も解け会話は音楽以外にも広がっていく。
好きな映画、子どもの頃に聴いていた曲、ライブでの失敗談――。
特にライブの話では、3人とも声を上げて笑った。
「でもさ、やっぱり音楽やってる人同士って話が早いよね。」
女がそう言うと、キタニが頷く。
タ「うん、しかも方向性は違っても、感覚が近いっていうか。」
なとりも同意するように微笑んだ。
な「そうですね。なんか、初めて会った感じがしない。」
外は少しずつ夕暮れに変わり、窓の外の空が淡いオレンジに染まり始めた。
3人はそれに気づき、ふと会話を止める。
その静けさすらも心地よく、女は
「こういう時間も悪くないな。」
と思った。
キタニが立ち上がり
タ「そろそろ行くか。」
と時計を見やる。
な「また会いましょう。」
なとりがそう言って手を振る。
女も笑顔で頷いた。
「うん、またゆっくり話そう。」
玄関で靴を履く2人を見送りながら、女は少し胸が温かくなるのを感じていた。
ただの紹介のつもりだったが、今日の時間はそれ以上のものになった気がする。
ドアが閉まり静けさが戻った部屋に、まだ3人の笑い声の余韻が残っていた。