第4章 止まれない2人
問題は自分の心と体が、あの夜を忘れられずにいることだった。
やがて到着したのは、落ち着いた住宅街の1角。
鍵を開け、ドアを押し開けると柔らかい照明とアロマの香りが迎えてくる。
彼の部屋は整頓され、余計なものがない代わりに音楽関連の機材やギターがさりげなく置かれていた。
な「どうぞ、座ってください。」
ソファに腰を下ろすと、なとりが冷蔵庫から缶ビールを2つ取り出してくる。
プルタブを開ける音が、やけに鮮明に耳に残った。
な「かんぱい。」
「……かんぱい。」
グラスを合わせ、ひと口飲む。
冷たいはずなのに、喉を通る感覚は熱を帯びている。
横に座るなとりの距離が近い。
それだけで、心臓の鼓動が耳の奥で大きく鳴り響く。
な「新曲……ほんとに、どうでした?」
彼は改めて問いかけてくる。
その瞳は真剣で、まっすぐで。
逃げ場はもうどこにもなかった。
グラスを握る手に力がこもる。
あの歌詞、あの旋律。
まるで自分に向けられているかのような言葉の数々。
「……聴いてて、苦しかった。嬉しいのか、怖いのか、自分でも分からなくなった。」
ぽろりと零れた言葉に、なとりの瞳が細められる。
ゆっくりと笑みを深めながら、彼は少しずつ距離を詰めてきた。
な「……やっぱり、届いてるんですね。」
その囁きが、すぐ耳元で溶けていった。
ソファに置いた缶ビールの表面に、小さな水滴がつたい落ちていく。
冷たいはずなのに、心臓の奥は妙に熱を帯びている。
横に座るなとりの距離が近いせいだ。
その距離に気づかないふりをしながら、言葉を探す。
「……でも、すごいね。あの曲、もうコメント欄が“好き”とか“最高”とかで埋まってたよ。」
わざと軽い調子で言う。
思い出すのも恥ずかしいから。
歌詞に込められた感情があまりにもまっすぐで、こちらに向けられているのでは、と考えるだけで息苦しくなる。
だから、自分への意味なんてなかったんだと周りの反応を持ち出して打ち消したかった。
な「へえ……コメント、見たんですね。」