第4章 止まれない2人
一方で、キタニは余裕そうに見えて、時折なとりを横目で見やっている。
その瞳の奥に、一瞬だけかすかな苛立ちが揺らめいたのを見逃せなかった。
な「タツヤさん、どう思いました?」
なとりが軽く挑発するように振る。
タ「俺? まあ……良い歌だと思うよ。ただ。」
そこでキタニは、1拍置いてグラスを揺らす。
タ「歌にするくらいなら、直接言えば良いんじゃないか。」
場の空気が、一瞬止まった。
なとりは苦笑して誤魔化すが、その耳が赤く染まっている。
自分は息を呑んだまま、2人の間に挟まれて視線を泳がせるしかない。
(……まただ。あの夜みたいに……2人の視線に縛られてる……。)
机の上の氷がカランと音を立てた。
その些細な音でさえ、緊張を裂く刃のように鋭く響く。
どこかで早く帰らなければと思うのに、心の奥ではこの空気に飲まれていく自分がいる。
2人に挟まれて座っているだけで、また熱が蘇るのを感じてしまう。
ジョッキが空になるころ、なとりが身を寄せてきた。
な「……今日は、帰さないかもしれませんよ。」
耳元で囁く声に、背筋が痺れる。
その瞬間、キタニの視線が鋭く射抜いたのを感じた。
静かに笑うその目は、余裕を装いながらも内に嫉妬を潜ませている。
再び、あの夜の熱に巻き込まれる――
そんな予感が、じわじわと現実に近づいてくるのを感じていた。
暖簾をくぐった夜風は、アルコールで熱くなった頬を少しだけ冷ましてくれた。
店の外に出ると、キタニが腕時計をちらりと見て口を開く。
タ「悪い、俺は明日早いんだ。そろそろ切り上げる。」
その声は淡々としていて、どこか余裕を崩さない響きだった。
それでも、自分の胸の奥に残る熱がすぐには消えてくれない。
さっきまで2人に挟まれて飲んでいた時間の重みが、まだ体の奥に残っている。
な「そうですか。じゃあ、今日はここで解散ですね。」
なとりがあっさりと頷く。
一瞬、ほっとした。
これでようやく家に帰れる、と思った矢先だった。
な「じゃあさ……うちで飲み直しません?」
なとりの言葉が、夜風よりずっと鋭く肌を突き刺した。
思わず振り返ると、彼はにこやかに笑っている。
その笑顔は、ただの冗談にも見えるし本気の誘いにも見えた。
「え……いや、明日ちょっと仕事があって。」