第1章 揺れる熱の狭間で
タ「久しぶり。…で、こっちが言ってた“あの”なとりくん。」
キタニが片手で軽く紹介する。
な「はじめまして。」
なとりは丁寧に会釈をして、控えめな笑顔を見せた。
女は自然と口角を上げて、その場の空気をほぐすように手を差し出す。
「こちらこそ。会えるの楽しみにしてた。」
握手は短く、けれど温度がしっかり伝わる。
3人はソファに腰を下ろした。
キタニは真ん中、女となとりが向かい合う形になる。
「コーヒー、ブラックとミルク入りどっちが良い?」
な「ミルク入りでお願いします。」
なとりは少し肩を落ち着かせながら答えた。
カップを手渡すと、彼は小さく
な「ありがとうございます。」
と呟き、香りを確かめるように口元へ運んだ。
タ「…思ったより普通の家だね。」
不意にキタニが笑う。
「え、どういう意味よ。」
女が眉をひそめると、彼は肩をすくめた。
タ「ほら、歌い手ってさ、もっと機材だらけで配線ごちゃごちゃの部屋に住んでると思ってた。」
「そういうのは仕事部屋にあるから。リビングは普通でしょ。」
タ「ふーん、なるほどね。」
なとりはそのやりとりを静かに見ていたが、やがて少し笑いながら口を開いた。
な「でも、落ち着きますね。こういう部屋。」
「そう?良かった。」
女はなんだか照れくさくなり、視線をテーブルに落とした。
キタニが両肘をソファの背にもたせかけ、話を転がす。
タ「でさ、なとりは前からお前の曲聴いてたんだよ。本人に会いたいってずっと言ってて。」
「そうだったの?」
女がなとりに向き直ると、彼は頷いた。
な「はい。歌い方とか、歌詞の言葉選びとか…すごく好きで。動画も何回も見てます。」
まっすぐな視線に、女は少し頬が熱くなるのを感じた。
「そんな風に言ってくれるなんて嬉しいな。」
そこから話は音楽のことへと自然に移った。
なとりは最近作っている曲のこと、歌詞に込めたい想い、レコーディングのこだわりを、言葉を選びながらも熱っぽく語る。
キタニは時折
タ「それ良いね。」
と相槌を打ち、女は興味深く耳を傾けた。