第26章 交わる現在、戻らない過去
男は顔を寄せ、冷たい笑みを浮かべる。
歌「お前が悪いんだろ。散々期待させといて、“なし”なんて。俺を弄んだのはお前だ。」
熱い息が頬に掛かり、全身に鳥肌が立つ。
恐怖で頭が真っ白になりながらも、必死に声を絞り出す。
「ちが……違うの……そんなつもりじゃ――。」
歌「もう良い。黙って俺に従え。」
腕を掴む力がさらに強くなる。
肩口に食い込み、痛みで目に涙がにじむ。
男の顔がさらに近づき、唇が触れそうになったその瞬間――
タ「――離せッ!」
鋭い声が響いた。
ガチャリと乱暴にドアが開かれ、2人の影が飛び込んでくる。
キタニと、なとり。
歌「お前……!」
歌い手が振り返る。
次の瞬間、女の腕を引いていた力が強引に引き剥がされた。
タ「こいつに何してんだ!」
キタニが男の胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。
怒りに燃える瞳が鋭く光る。
なとりは女の肩を抱き寄せ、震える身体を支えた。
な「大丈夫!? 怪我してない?」
女は震える声で
「うん。」
と答えたが、足は力が入らず立っているのがやっとだった。
壁際に押さえつけられた歌い手は、なおも反抗的な視線を向けてくる。
歌「邪魔するな……こいつは俺に――。」
タ「黙れ!」
キタニが拳を振り上げる。
だが、なとりが咄嗟にその腕を押さえた。
な「待ってください、ここで殴ったら俺らの立場が悪くなる。……警察を呼びましょう。」
その言葉にキタニは歯を食いしばるが、拳を下ろす。
代わりに低く唸るような声で言い放った。
な「2度と、彼女に近づくな。」
なとりは素早くスマートフォンを取り出し、震える指で警察に連絡を入れる。
その間にも歌い手は暴れようとするが、キタニが押さえつけて離さない。
歌「ふざけるな! 俺の気持ちを踏みにじったのはあいつだ!」
タ「気持ち? それで無理やり押し込んで迫るのが“気持ち”かよ!」