第26章 交わる現在、戻らない過去
しばし沈黙が流れた。
やがて彼はゆっくりと笑みを浮かべ、机の下で女の手に自分の手を重ねた。
歌「……じゃあ、俺の気持ちも聞いて。」
温かな掌に包まれ、女は顔を上げた。
歌「実は、前から君のことが気になってたんだ。」
その一言で、胸が跳ねた。
耳まで熱くなり、言葉が出てこない。
驚きで固まっていると彼は少し頬を赤らめながらも椅子をずらし、そっと距離を詰めてきた。
歌「……だから、ごめん。止められない。」
囁きの直後、ふいに唇が触れた。
目を見開いたまま、女は時が止まったように動けなかった。
柔らかく、それでいて熱を帯びた感触が重なる。
心臓は破裂しそうに鼓動を打ち、呼吸が浅くなる。
彼はゆっくりと、けれど確かな意思を込めて口づけを深めていった。
「……っ……。」
ようやく我に返り、女は瞼を閉じた。
否定も抵抗もできない。
胸の奥で芽生え続けていた思いが、甘く溶かされていく。
――ああ、やっぱり。
この気持ちは恋なんだ。
唇が離れたとき、彼は真剣な眼差しを向けていた。
歌「……驚かせたね。でも、これが俺の本心。」
女は震える声で
「うん……。」
とだけ答えた。
背徳感と甘さが入り混じった夜。
ふたりの距離は、確かに縮まってしまったのだった。
帰宅した瞬間、胸の奥に渦巻いていた感情が抑えきれなくなった。
玄関で靴を脱ぎながら、女はふたりがリビングにいるのを感じた。
なとりはソファに腰掛けてギターをいじり、キタニはテーブルの上に散らかった資料を見ていた。
どちらも視線を上げ、女に気づく。
その瞳に触れた途端、どうしても言葉があふれ出してしまった。
「……あのね。やっぱり……私、あの人のことが好きだと思う。」
リビングの空気が一瞬で凍りついた。
なとりはギターの弦に触れたまま手を止め、キタニは資料を閉じることもなく固まった。
沈黙を破ったのは、ふたり同時の声だった。
タ、な「は?」
低く重なった声が、女の胸を刺した。
視線をそらせずにいるとキタニが大きく息を吐き、椅子に深くもたれ掛かる。