第25章 曖昧な幸せ
低く呟き、彼は無意識にスマホを手に取っていた。
画面をスライドすれば内容は、はっきりと読める。
“告白の返事”。
つまり彼女は、あの歌い手に想いを伝えている。
脳裏に浮かぶのは、玄関前で彼女の肩を支えていた男の姿。
柔らかい声、紳士ぶった態度、そして――
女が彼の名を呼びながら甘えた様子。
胸の奥から焼け付くような感情が噴き上がる。
嫉妬と怒りと、どうしようもない焦燥。
な「……どういうことだよ。」
女の前に腰を下ろし、彼女の肩を揺さぶる。
な「おい、起きて。……おいっ!」
揺らされ、女はうっすらと目を開いた。
「……ん……なとり……?」
まだ酔いの残った瞳で彼を見上げる。
な「とぼけんなよ。」
なとりはスマホを目の前に突きつけた。
な「これ、なんだよ。“告白の返事は待ってほしい”って……どういうことか説明して。」
女の表情が一瞬で凍りつく。
酔いで火照っていた頬に、別の熱が広がる。
羞恥と後悔が押し寄せ、言葉を失った。
「……ちが……それは……。」
口ごもる彼女に、なとりの声が鋭くかぶさる。
な「違うなら、どうしてこんなメッセージが来るの。あいつに告白したんでしょ?」
突きつけられた言葉に、女の視線が泳ぐ。
思い出す。
――打ち上げの帰り、エレベーターの中。
抑えきれずに漏れた“好きかもしれない”の一言。
あの時の歌い手の少し困ったような、でも優しい表情。
胸の奥がずきりと痛む。
それを見て、なとりはさらに声を荒げた。
な「ふざけんなよ……俺がどれだけお前のこと想ってるか知ってるくせに。なのに、あいつに……。」
言葉を詰まらせ、拳をぎゅっと握りしめる。
「なとり……ちがうの……。」
必死に否定しようとするが、説得力はない。
彼の目には動揺しか映っていない。