第24章 終わらない熱
歌い手はスマホを取り出し、ためらいなく番号を押す。
歌「警察に通報します。」
その言葉にバンドマンの顔が歪んだ。
バ「ふざけんな、何様だよ……!」
怒声と共に女の腕をさらに強く掴もうとする。
しかし、歌い手が1歩踏み込んで彼女の前に立ち塞がり、その手を強引に振り払った。
歌「彼女に指1本でも触れたら、本当に捕まりますよ。」
冷たい視線に射すくめられ、男は舌打ちして後ずさる。
バ「チッ……覚えとけよ。」
捨て台詞を残し、闇の中へと駆け去っていった。
途端に体の力が抜け、女はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「……っ、こわかった……。」
震える声を聞いて歌い手はすぐにしゃがみ込み、優しく肩に手を添えた。
歌「大丈夫です。もう大丈夫ですよ。警察がすぐに来ますから。」
耳に届くその声は柔らかく、それまで押し潰されていた恐怖を少しずつ解かしていく。
遠くでパトカーのサイレンが近づいてくる音が聞こえ、安堵の涙が頬を伝った。
「ありがとうございます……本当に、助けてくれて……。」
かすれる声で告げると、歌い手は優しく微笑んだ。
歌「俺なんかじゃなくても、きっと誰だって助けましたよ。……でも、間に合ってよかった。」
その瞳には真剣な光が宿っていて、女の胸の奥が熱くなる。
冷たい夜の路地裏で、その温もりだけが鮮明に心を満たしていた。
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数日後の昼下がり、静かなリビングにテレビのニュース番組の声が流れていた。
画面には“人気バンドのメンバー、女性へのつきまとい行為で逮捕”というテロップ。
モザイク越しでもあの男の輪郭は、はっきりと分かった。
女の心臓は一瞬止まったように固まり、それからじわじわと緊張がほどけていく。
――捕まったんだ。
胸の奥に張りつめていた恐怖が、ようやく形を崩して安堵に変わる。
呼吸が深くできるようになり、重たかった肩が少しだけ軽くなった。
だが同時に、あの夜に伸ばされた手と耳元で囁かれた不快な声がフラッシュバックし思わず腕を抱きしめて身を縮めた。
それでも最後に駆けつけて助けてくれた歌い手の顔が浮かぶと、恐怖の影はすっと遠のく。
――“大丈夫です、もう大丈夫ですよ”
あの真剣な声、優しい目。