第22章 理性を閉じ込めて
歌「よろしく。」
マイク越しに交わされた短い言葉。
観客の歓声にかき消されそうになりながらも、確かに届いた。
音が流れ出し、2人での歌が始まる。
彼の声が重なった瞬間、会場全体の熱気がさらに膨れ上がった。
自分でも信じられないほど高揚し、声が伸びる。
観客の歓声に押し上げられるように、心が震えて止まらなかった。
最後のフレーズをハモりで重ね、スポットライトが2人を包む。
会場が揺れるほどの拍手と歓声に、ただ呆然と立ち尽くした。
ステージ袖に戻ると、スタッフやメンバーから祝福と驚きが飛び交う。
ス「最高だったよ!」
ス2「鳥肌立った!」
その声に笑顔を返しながらも、胸の奥ではざわめきが収まらなかった。
――彼がここにいること。
――彼と一緒に歌えたこと。
そして、観客が沸き立つその瞬間を共有してしまったこと。
楽屋に戻ると、スタッフがドアを叩いて入ってきた。
ス「お疲れさまでした! このあと打ち上げなんですけど、ゲストの方もいらっしゃるのでぜひ参加してほしいと。」
胸がざわつく。
「……あの、私は……。」
言いかけた瞬間、スタッフが少し困ったように笑った。
ス「せっかくのツアーファイナルですし、かやさんの公演ですから。やっぱり主役がいないと、場が締まらないんですよ。」
その言葉に、返す言葉を失った。
確かに自分が主役。
自分がいなければ、最後の締め括りにはならない。
けれど――。
胸の中で、先ほどの彼の笑顔が焼き付いて離れない。
一緒に打ち上げの席につけば、また視線を交わしてしまうだろう。
また心が揺れてしまうだろう。
「……少しだけなら。」
そう答えるしかなかった。
スタッフは満足そうに頷き、手早く次の段取りを伝えて去っていく。
楽屋に残された自分は、ソファに沈み込み、深く息を吐いた。
ドアの外からはスタッフの笑い声や機材を片付ける音が聞こえてくる。
その喧騒の中で、胸の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
「……少しだけ。」
自分に言い聞かせるように呟く。
けれどその“少し”がどこまで許されるのか、答えは出せなかった。