第22章 理性を閉じ込めて
タ「……おい。」
浴室の外から、低い声が響いた。
びくりと肩が揺れる。
キタニの声だった。
タ「長風呂は危ないから、早く出ろ。」
鋭くも、どこか心配の滲む声。
女はスマホを胸に抱き、返事に迷った。
「……いま出るとこ。」
努めて平静に声を返す。
しかし胸の高鳴りを抑えることはできない。
扉の向こうで気配が動いた。
それ以上言葉を残さず、彼の足音が遠ざかっていく。
再び静寂が訪れる。
しかし、さっきまでの幸福感が一気に後ろめたさに変わっていった。
キタニの声は、まるで“ここに戻ってこい”と言っているようだった。
その視線と支配を思い出すと、胸の奥に罪悪感が芽生える。
けれど――
歌い手のメッセージを思い返すと、その甘さにまた心が傾いてしまう。
指先に残る送信の感触を思い出しながら、女はそっと目を閉じた。
湯気の中で熱に包まれながら、心は揺れ動き続けていた。
───────────────
寝室の灯りを落とし、ベッドに潜り込む。
シーツのひんやりとした感触に身体を沈め、目を閉じた。
眠気があるわけではない。
ただ、心臓の鼓動が早すぎて眠るふりでもしなければ落ち着かなかった。
――携帯に届いた歌い手からのメッセージ。
あの言葉を何度も繰り返し思い返すたびに、頬が熱を帯びる。
胸の奥がざわめき隠し事をしている罪悪感と、それを上回る甘い幸福感に飲まれていく。
目を閉じたまま、深く息を吐く。
その時だった。
ギィ、と静かにドアが開く音がした。
薄暗い寝室に、足音が1歩ずつ近づいてくる。
シーツの中で身を固くした。
やがて、ベッドの端が沈む感覚。
誰かが腰掛けた。
目を開けなくても、誰かはわかる。
――なとりだ。
彼はしばらく黙ったまま、こちらを見下ろしている気配を漂わせていた。
その沈黙に胸がざわめく。
寝息を装い、わずかに肩を上下させる。
やがて、低くかすれた声が耳に落ちた。