第21章 揺らぐ理性
――“お前は酒を飲んだらエロくなって自制できないからな”
数日前、リビングで酔ってべたべたと2人に甘えてしまった夜。
その後にキタニが半ば呆れ顔で、けれど真剣に言った言葉だ。
なとりも隣で小さくうなずき
な「ほんと、心配になるんだよ。」
と静かに付け加えたのを覚えている。
その記憶が鮮明に蘇り、女は思わず首を横に振った。
「……いえ、大丈夫です。気持ちはすごくうれしいんですけど……。」
歌い手は意外そうに目を瞬かせ、少し首を傾げる。
歌「どうして? せっかく良い曲が録れたんだ。お祝いくらいしたって良いだろう。」
女は言葉に詰まり、困ったように笑う。
「ちょっと……事情があって。あんまり飲まないほうが良いっていうか。」
歌「事情?」
彼は興味深そうに目を細め、椅子から立ち上がった。
冷蔵庫を開け、缶を数本取り出しながら続ける。
歌「強制はしないけどさ……俺は君と一緒に乾杯したいんだよ。作品を完成させた仲間として。」
――仲間として。
その言葉に、胸の奥で再び揺れが生まれる。
「……でも……。」
か細い声でそう口にするが、彼は微笑みながら近づいてきた。
歌「ほら、“軽く”で良いんだ。ちょっとだけ、1杯だけ。俺だって無理に飲ませるつもりはないし。」
目の前に差し出された缶ビール。
それはただのアルコールではなく、彼との距離を1歩縮めるための合図のように思えた。
キタニやなとりの声が頭の隅で何度も反響する。
――自制できないから、やめろ。
けれど憧れの相手が“一緒に”と笑っている姿を目の前にすると、その忠告を振り切ることが難しくなっていく。
「……少しだけ、ですよ。」
気づけばそう口にしていた。
彼の顔がぱっと明るくなる。
歌「ありがとう。そう言ってくれると思ってた。」
缶が開けられ、弾ける音が部屋に響いた。
グラスに注がれた琥珀色の液体は、きらきらと照明に反射して輝いている。
彼はグラスを差し出しながら、にやりと笑った。
歌「じゃあ……良い作品に乾杯。」
女は小さな罪悪感と大きな期待の入り混じった気持ちで、そのグラスを受け取った。
唇を触れさせた瞬間、喉を通る冷たい刺激と共に胸の奥で熱が広がっていく。
ほんの少しだけのはずなのに、心臓は急に早鐘を打ち始めていた。