第21章 揺らぐ理性
「すごい……本当に、ここで全部録れるんですね。」
感嘆の声が自然と漏れる。
彼は笑ってうなずき、奥のブースを指差した。
歌「せっかく来てもらったんだから、最高の環境で録りたいんだ。君の声を1番いい形で残したいから。」
その言葉に、女は胸の奥が熱くなるのを感じた。
憧れの人に、こんなふうに“声”を評価され真剣に扱われている。
少し前までリビングでひとり録音していた自分が、いまこうして隣に立っているのだ。
緊張で指先が震えながらも、女はバッグからヘッドホンを取り出した。
「……お願いします。」
彼がにこやかに頷き、マイクをセッティングする。
ブースの中に1歩足を踏み入れると外の世界が切り離され、胸の鼓動だけが耳に響いた。
ガラス越しに見える彼が、ヘッドホンをつけ軽く手を振る。
その仕草にまた心臓が跳ね、女は深く息を吸い込んだ。
――もう戻れない。
ここから始まる音が、すべてを決める。
録音が終わった瞬間、女の胸の中には言いようのない達成感と高揚感が満ちていた。
マイクの前で歌った自分の声が、彼の手際の良い操作で瞬く間に形になっていく。
再生ボタンを押すと重なったハーモニーが部屋いっぱいに広がり、鳥肌が立った。
「……すごい。本当に、こんなふうに仕上がるなんて。」
女は息を弾ませ、目を輝かせる。
歌い手はモニターから視線を外し、笑みを浮かべた。
歌「君の声が良いからだよ。想像以上にぴったり合った。良い作品になった。」
その言葉に頬が熱くなる。
長年のファンである彼にそんな風に言われるなんて夢のようだった。
緊張も張り詰めた気持ちも一気に緩み、思わずソファに腰を下ろした。
そんな女の前に、彼がペットボトルの水を置く。
歌「お疲れさま。……でさ、よかったら軽く打ち上げしない?」
その一言に、胸が跳ねた。
“打ち上げ”。
その響きは甘美で、完成した作品を一緒に分かち合える喜びを約束するものだった。
だが同時に、頭の奥に別の声が浮かぶ。