第20章 ほどける夜
大ファンの歌い手は微笑みを崩さず、涼しい顔で言った。
歌「ちょっと話してただけですよ。コラボの件で。」
その柔らかな物腰は敵意を感じさせない。
むしろ堂々としていて、余計にキタニの苛立ちを煽るようだった。
タ「……ふーん。」
キタニは短く鼻を鳴らし、女に視線を向けた。
タ「帰るときは一緒に戻れよ。……わかったな?」
その言葉に逆らう余地はなく、女は小さく頷いた。
再び打ち上げの賑やかな輪に戻りながらも、女の胸はざわついていた。
連絡先を交換できた嬉しさとキタニに見つかった後ろめたさがせめぎ合い、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
――どうしよう。
――ばれたら、怒られる。
でも――
繋がれたことが、どうしようもなく嬉しい。
グラスを持つ指がかすかに震えていた。
深夜。
イベントの打ち上げを終え、ようやく自宅のドアを開けた。
玄関からリビングに靴を脱ぎ散らすように入り込むと、女はその場にへたり込むようにソファへ倒れ込んだ。
「……あぁ、帰ってきたぁ……。」
張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れる。
イベントの熱気、打ち上げの喧騒そして憧れの歌い手との会話――
すべてが混ざって頭の中をふわふわさせていた。
アルコールの残り香がじんわりと身体を巡り、頬は火照り目もとろんとしている。
なとりが上着を脱ぎながら苦笑する。
な「……お前、完全に酔い回ってるじゃん。」
「そ、そんなことないもん……。」
むくれた声で返しながら女はよろよろと立ち上がり、なとりの腕に抱きついた。
「えへ……なとりくん、あったかい……。」
な「お、おい……。」
不意打ちに戸惑いながらも、なとりは彼女の肩を支える。
女は甘ったるい吐息をこぼし、頬を擦り寄せた。
「今日も……かっこよかったぁ……歌ってるときの声、大好き……。」
な「……っ、やめろって……。」
なとりは耳まで赤くし、視線を泳がせた。
その横から、冷ややかな声が飛んでくる。
タ「……ったく。人前でそんなことしてたらどうなってたか、わかってんのか。」