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上書きしちゃった

第20章 ほどける夜


「……あの、ちょっとトイレ行ってきます。」

ふいに立ち上がる。

な「俺も行こうかな。」

なとりが軽く立ちかけたが、女は慌てて首を振った。

「だ、大丈夫! 1人で大丈夫だから!」

な「……?」

小さく首を傾げながらも、なとりは座り直した。

女はスマホをそっと手に握りしめながら、会場の奥へ歩いていく。

背後でキタニの視線が刺さるように感じるが、振り返ることはできなかった。

――今なら、2人の目を避けられる。




トイレの前で立ち止まると、背後から声がした。

歌「……タイミング、見計らってくれたんですね。」

振り向けば、大ファンの歌い手がグラス片手に立っていた。

にこやかな笑みを浮かべているが、その目はどこか確信を帯びている。

胸が跳ね、息が詰まりそうになる。

「ち、違っ……いや、その……。」

歌「大丈夫です。わかりますよ、隣で睨まれてたら交換なんてできませんもんね。」

あっさりと見透かされ、頬が熱くなる。

「そ、そんなこと……。」

歌「気にしなくて良いです。じゃあ、ここで。」

彼は自然な仕草でスマホを取り出し、画面を開いた。

女も同じようにスマホを操作し、互いにQRコードをかざす。

ピロン、と控えめな通知音が響いた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。

――繋がってしまった。

推しの歌い手と、こうして直接連絡が取れる関係になった。

その事実だけで頭がくらくらした。




歌「これで、また話せますね。」

彼が微笑む。

「……はい。すごく……嬉しいです。」

正直な気持ちがそのまま言葉に、にじんでしまう。

彼はさらに1歩、距離を詰めてきた。

歌「俺、あなたと歌えるの楽しみにしてますよ。今日のステージ見て、本気でそう思ったから。」

「……!」

心臓が痛いほど打ち、言葉が喉につかえる。

その時――。

タ「……おい、何してんだ。」

低い声が背後から落ちてきた。

振り返ると、そこにはキタニが立っていた。

鋭い目でこちらを見ていて、女の背筋が凍る。

タ「やっぱりな。ずいぶん遅いと思ったら。」

「た、タツヤ……。」

言い訳を探すが、言葉が出てこない。
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