第20章 ほどける夜
隣で黙っていたキタニが、ようやく口を開いた。
タ「……ずいぶん楽しそうだな。」
低い声に女は、はっとして彼を見た。
なとりも
な「まぁまぁ。」
と笑って場をなだめるが、キタニの目は鋭く光っている。
歌「楽しいですよ。ファンなんですって。」
大ファンの歌い手が悪びれもなく言うと、キタニは鼻で笑った。
タ「へぇ、そりゃよかったな。」
言葉は刺々しいが、それ以上口を挟もうとはしなかった。
ただグラスを揺らしながら、じっと2人を観察している。
女は胸の高鳴りと同時に、妙な罪悪感を覚えた。
――タツヤ、怒ってる? なとりも、どう思ってるんだろう……。
けれど、憧れの人との会話は止められなかった。
彼が笑うたびに心が躍り、褒められるたびに全身が熱くなる。
会場のざわめきの中、彼と向き合って話し続ける時間は、まるで夢のように流れていった。
乾杯からしばらく経ち、打ち上げの熱気はさらに高まっていた。
料理の皿は次々と空になり、グラスも何度も満たされる。
ステージ上とは違う顔を見せる歌い手仲間たちが盛り上がる中、女は心ここにあらずだった。
――連絡先を、交換したい。
大ファンの歌い手がさっき、さりげなく“今度コラボしませんか?”と言ってくれた。
あの流れなら、本来なら自然に連絡先を交換するのが普通だろう。
けれど隣にはキタニ、なとりがいる。
2人の前でスマホを取り出して連絡先を交換する――
その想像だけで、胃がきゅっと縮む。
キタニはあの時から機嫌が悪そうだし、なとりも笑っているけど目の奥が読めない。
下手に動けば絶対怒られる。
女はグラスを口に運びながら、必死にタイミングを探った。