第19章 夜の衝動
バ「この前のDM、無視するなんて冷たいなぁ。……俺から逃げて、あの2人のところに隠れてた?」
ゆっくりと顔を覗き込まれる。
暗がりでもはっきりと見える鋭い眼差しに、喉が塞がれたように声が出ない。
必死に首を振ると、彼は口元の手を少しだけ緩めた。
バ「じゃあ、なんで返事しなかったの? 俺のこと、忘れた?」
「ち、違……。」
ようやく声を絞り出したが、それ以上言葉を続けられない。
彼の手が頬を撫で、無理やり視線を絡め取ってくる。
バ「……ふふ、やっぱり。まだ俺のこと、ちゃんと覚えてるじゃん。」
冷たい笑みと共に、彼の唇が頬に触れた。
ぞわりとした嫌悪と恐怖が全身を走り、反射的に突き飛ばそうと腕を伸ばす。
だが、相手の腕は力強く簡単には振り解けない。
バ「抵抗するんだ……余計、可愛い。」
囁きながら彼の手が肩を押さえ込み、身体を床に縫いつける。
「……やめ、て……!」
悲鳴は掠れて小さく、密室に閉じ込められた空気に吸い込まれるようだった。
男の吐息が首筋をなぞり、冷たい玄関の床に押し倒されたまま彼女の心臓は恐怖で壊れそうに脈打っていた。
玄関の床に押し付けられたまま、息が詰まりそうになっていたその時――。
ガチャリ、と扉の開く音が響いた。
タ「……ただいま。」
聞き慣れた低い声。
キタニだった。
一瞬、救われたような安堵が胸を突き抜けたが、それよりも早く彼が目にした光景が場を凍り付かせた。
視線が合った瞬間、キタニの眉が跳ね上がる。
タ「……は?」
そこにあったのは床に押し倒された彼女と、その上に覆いかぶさるようにしているバンドマンの姿。
空気が一気に張り詰める。
タ「おい……お前、何してんだよ。」
声は低く怒気を含んでいたが、同時に状況を飲み込めていない困惑も滲んでいた。
バンドマンの男は一瞬だけ動きを止め、それからゆっくりと立ち上がった。
にやりと口角を上げるその表情は、恐怖を抱いている彼女とは対照的に余裕を漂わせている。
バ「何って……友達の家に遊びに来ただけだよ。」
軽い調子で言い放ちながら、女の顔をちらりと見る。
その視線には“俺との関係を説明してみろ”という含みがあった。