第19章 夜の衝動
ラジオ収録が終わった頃には、もう夜の帳がすっかり街を覆っていた。
スタジオを出た瞬間、冷たい風が頬を撫でる。
明るい笑顔でスタッフに挨拶を返しながらも、胸の奥はどこかざわついていた。
――あのDM。
数日前、バンドマンから届いた“最近家にいないけど、どこに逃げてるの?”という言葉が今も耳の奥でこだましている。
無視したはずなのに、頭から離れない。
彼の視線に常に見張られているような気配がつきまとい、夜道を歩くたびに背中がひりつく。
「……急いで帰ろ。」
小さく自分に言い聞かせるように呟き、足早に駅へ向かった。
電車の中でも落ち着かない。
窓に映る自分の表情は強張り落ち着いた風を装っているものの、目は怯えた獣のように揺れていた。
視線を感じるたびに振り返るが、ただの乗客が座っているだけ。
けれど、安心できない。
最寄り駅に着き、家までの道を早足で歩く。
住宅街の静けさは普段なら心地よいはずなのに、今夜はやけに不気味に感じた。
外灯の下に伸びる自分の影が大きく揺れるたび、誰かの足音が重なって聞こえる気がする。
玄関に辿り着くと、ようやく少し安堵の息を吐いた。
バッグから鍵を取り出し、慣れた手つきで差し込む。
「……ふぅ。」
扉を開け、靴を脱ごうとした瞬間――。
背後に気配。
その直後、低い声が耳元に落ちた。
バ「やっと、会えた。」
心臓が跳ね上がる。
振り返るより早く強い腕が背中を押し込み、玄関の扉が乱暴に閉められた。
「っ……!」
声を上げようとするが、口を手で塞がれる。
鼻腔に広がるのは汗とタバコ、そしてどこか香水のような甘い匂い。
バ「静かにしなよ。隣に聞かれたら困るでしょ?」
耳元で囁く声――
忘れるはずもない、あのバンドマンの声だった。
身体が硬直する。
逃げなければと思うのに、力が入らない。
玄関の冷たい床に背中を押し付けられ、彼の体温が覆いかぶさる。