第16章 揺れる境界線
ステージ袖に戻ると、鳴りやまない拍手の余韻が耳に残っていた。
照明の熱と、観客の熱気でまだ体温が下がらない。
深呼吸をひとつしても、心臓の鼓動はなかなか落ち着かなかった。
だが、それはステージの高揚だけが原因ではなかった。
――楽屋に残してきた彼女のことが、気になって仕方なかった。
演奏の最中も、ふとした瞬間に視線が袖の方へ泳ぎそうになるのを必死で抑えた。
集中を欠けば音を外す。
それがいちばん許せないことだと分かっているのに、それでも気持ちが揺らいでいた。
終演後、楽屋へと急ぐ足は自然と早まる。
通路にはスタッフや他バンドのメンバーが行き交っているが、耳には届かない。
ただ扉の前に立ち、ノックの音を響かせた。
タ「……俺だ。大丈夫か?」
返事を待つ。
だが、中からすぐには反応がなかった。
胸の奥に小さな不安が芽生える。
さらにもう1度、少し強めにノックする。
その時、やっとドアの向こうから声がした。
「……だいじょ、ぶ……。」
確かに彼女の声だ。
けれど、どこか掠れていて息が混じっているように聞こえる。
いつもなら少し照れた調子で“大丈夫だよ”だとか“おかえり”だとか、明るい響きがあるはずなのに。
眉がひそむ。
タ「本当に? 声……なんか変だぞ。」
扉に耳を寄せ、さらに問いかける。
「……大丈夫、だから。」
わずかな間の後、再び返ってきた声は、やはり不自然だった。
言葉の切れ目に小さく息が漏れている。
疲れているにしても、どこか違う。
まるで必死に取り繕っているように。
胸の奥がざわつく。
喉が乾き、唇を舐める。
――何かがおかしい。
ノブを回そうと手を伸ばすが、鍵が掛かっている。
ガチャリと虚しく金属音が響き、余計に疑念が深まった。
タ「鍵、かけてるのか? どうしたんだよ。」
ドアを叩く音に合わせて、廊下を通りがかったスタッフがちらりと視線を寄越す。
気づいて慌てて
タ「問題ないです。」
と軽く手を振った。
だが、内心はまったく落ち着かない。
中で何が起きているのか。
具合が悪いのか。
それとも……。