第16章 揺れる境界線
バ「さっきはよくごまかせたよな。スタッフには“最近仲良くなった”って言っといた。」
彼は笑いながら近づいてくる。
バ「でもさ──ほんとは“もっと仲良し”だろ?」
にじり寄る影。
足がすくんで、逃げられない。
「やめて……ここは楽屋だよ。」
必死に声を上げるが、彼の笑みは消えない。
バ「だから良いんじゃん。音は外にかき消されるし、誰も邪魔できない。」
低く囁き、手が伸びてきた。
「触らないで!」
振り払おうと腕を動かすが、あっという間に手首を掴まれた。
バ「相変わらず拒むね。……でもさ、この前も結局、最後まで受け入れてたじゃん。」
耳元に掛かる息が生温かく、心臓が喉から飛び出しそうになる。
「違う……無理やりだった!」
涙交じりの声が出る。
バ「無理やり? でも、声は出てたよな。“やだ”って言いながら、結局……。」
言葉を遮るように口角を上げ、彼はかやの顎を指で持ち上げた。
「やめて……。」
必死に首を振る。
けれど、彼は楽しむように顔を近づけてくる。
ドンッ。
背中が壁に打ちつけられる。
逃げ場がない。
鍵の掛かった楽屋、遠くから響く歓声。
助けは来ない。
「……離して……。」
小さく絞り出す声。
バ「離さない。だって俺、また欲しくなっちゃったんだよ。」
吐息混じりの声が耳元に落ち、ぞわりと全身が強張る。
その瞬間、ステージから歓声がさらに大きく響いた。
キタニの出番が盛り上がっている証だ。
彼は観客を魅了しながら、かやがこんな状況にあることを知らない。
必死に助けを呼びたいのに、声にならない。
バンドマンの指が肩をなぞり、徐々に胸元へと迫っていく。
笑顔は変わらず、瞳の奥は冷たく光っていた。
バ「さあ……楽しい続きを、しようか。」
胸が潰れそうなほどの恐怖に支配され、かやは息を詰めた。