第15章 囚われの夜
喉の奥に、あの日の記憶が蘇る。
無理やり押さえつけられた冷たい感触、必死に抵抗しても奪われた恐怖。
そして耳に残る、彼の嘲笑。
──“楽しかったね”
わざと、そう言ったのだ。
かやにしか分からない意味を込めて。
タ「お前さ……。」
キタニが口を開きかけたとき、舞台スタッフの声が響いた。
ス「次、リハ入ります! 準備お願いします!」
ざわめきが再び動き出し、バンドマンは
バ「じゃ、また後で。」
と軽い調子で手を振って去っていった。
その背中を、かやは息を詰めて見送るしかなかった。
残された空気は重く、息苦しい。
手首を掴んでいたキタニが、ようやくかやを振り返った。
タ「……なに、あれ。」
低い声。
怒りを押し殺しているのが分かる。
答えられない。
唇を噛み、俯くしかなかった。
タ「お前、ほんとに……。」
キタニは言葉を途中で切り、深く息を吐いた。
その声音には、怒りよりも心配と苛立ちが入り混じっていた。
観客の歓声が遠くで響く。
フェスの熱気に包まれながらも、かやの胸の奥は凍りついたままだった。
キタニの出番が始まる。
轟く歓声とベースの重低音がステージ裏まで響き渡り、楽屋の壁を震わせていた。
かやは1人、椅子に座り込んでいた。
タ「俺の出番中は、かやの楽屋に誰も入れるな。」
そう言い残して、彼はステージへと向かった。
マネージャーも扉の外に立ってくれている。
だから、この部屋は安全なはずだった。
少なくとも──
そう信じようとしていた。
「……。」
冷たい水を口に含み、喉を潤す。
鼓動は早く、胸の奥のざわつきが収まらない。
さっきのバンドマンの言葉が、耳から離れなかった。
──“この前は楽しかったね”
唇を噛む。
震える指を押さえようとしたそのとき。
ガチャリ。
ドアの取っ手が回る音がした。
「え?」
外にはマネージャーがいるはずだ。
入ってくる理由なんて──。
次の瞬間、扉が静かに開いた。
現れたのは、あのバンドマン。