第15章 囚われの夜
軽く笑って問われ、かやは曖昧に首を振った。
「……ううん、大丈夫。」
嘘だった。
胸の奥は重く、呼吸が浅い。
理由は分かっている。
──彼がいるから。
すぐ先、別の出演バンドの輪の中に、その男──
例のバンドマンがいた。
スタッフと談笑しながらも、時折こちらに視線を送ってくる。
その笑みは観客に向けるものよりも冷たく、かやの心臓をえぐる。
バ「お疲れ。」
突然、目の前に立ちはだかるように彼が現れた。
キタニが一瞬、眉を寄せる。
タ「……おう。」
短く返した声には、冷えた棘が潜んでいた。
バンドマンはそんなこと気にも留めないように、わざとらしくかやへと視線を落とす。
バ「この前は──楽しかったね。」
空気が止まった。
スタッフが数人、こちらに目を向ける。
ざわめきがほんの一瞬、途切れた。
「え……?」
思わず声が詰まる。
足が震え、喉が乾く。
ス「え、知り合いなんですか?」
近くにいたPAスタッフが、不思議そうに尋ねる。
視線はかやとバンドマンを交互に見ている。
バンドマンは笑顔を崩さず、肩を竦めて答えた。
バ「うん、最近仲良くなったんだよ。ちょっとした飲み会でね。」
場の空気が緩み、スタッフたちは
ス「ああ、そうなんですね。」
と頷いて仕事へ戻っていく。
けれど、胸の奥の冷たいものは消えない。
キタニの手が、さりげなくかやの手首を掴んだ。
強くはない。
でも“絶対に離すな”と言わんばかりの確かさがあった。
タ「……余計なこと言うなよ。」
低く、押し殺した声。
バンドマンの耳に届くか届かないかの距離で吐き捨てる。
バ「余計かな?」
バンドマンはにやりと笑い、まるで挑発を楽しむように目を細めた。
バ「俺はただ、仲が良いって言っただけじゃん。」
「……。」
キタニの瞳が鋭く光る。