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上書きしちゃった

第14章 熱に捕らわれて


ドアが閉じられ、バンドマンの足音が遠ざかっていく。

けれど残された沈黙は、狭いトイレの中よりも重苦しかった。

な「……かや。」

なとりが最初に声をかけてきた。

優しく呼ぶはずのその声は震えを帯び、張り詰めたような硬さが混ざっている。

心配してくれているのは分かる。

それでも、その奥に隠された苛立ちを隠しきれていなかった。

彼はすぐにかやに駆け寄り、両肩を支えるように手を置いた。

な「……大丈夫? 何されたの。」

その問いかけに、喉が詰まる。

言葉にしようとすると、唇が震えて声にならなかった。

な「顔、真っ赤だよ。汗も……。」

なとりの指が頬に触れようとした瞬間、彼の眉間に険しい皺が刻まれる。

心配のはずなのに、どうしても感情が混ざるのだろう。

「違うの……。」

と否定しかけるが、その声は小さすぎて2人に届いたかどうか分からなかった。

その後ろから、静かに伸びてきた手がかやの腕を掴んだ。

タ「……もう良いだろ。」

キタニだった。

彼の表情は一見冷静で、余計な言葉も発さない。

ただ、その握りは意外なほど強く拒む余地を与えない。

タ「ここで話しても仕方ない。……外、出よう。」

その低い声には、苛立ちと焦燥がわずかに混じっていた。

な「でも……。」

と反論しかけたなとりを遮るように、キタニはさらに強くかやの腕を引いた。

タ「行くぞ。」

その強引さに、かやは抵抗できず引き寄せられる。

なとりもすぐに隣に並び、かやを守るように位置取る。

その歩みは早く、まるでこの空間から一刻も早く抜け出したいと訴えているようだった。

通路を抜け、店内のざわめきに戻る。

酔客たちの笑い声やグラスの音が飛び交う中、かやたち3人の空気だけが異様に重たかった。

他の客が好奇心に満ちた視線をこちらに向ける。

さっきのバンドマンの余裕の笑顔と“ごちそうさまでした”という言葉が、もう広がり始めているように感じてしまい背筋が凍る。

な「かや、本当に大丈夫なんだよね?」

なとりが歩きながらもなお問いかける。

その声にはどうしても苛立ちが滲む。

「だから……違うの。」

答えようとするが、喉が乾きすぎて声が震える。
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