第14章 熱に捕らわれて
バ「……ああ、どうも。」
にこやかな笑み。
しかし、その奥には明らかに意地悪な色が潜んでいる。
そして、わざと声を落とし2人だけに聞こえるような調子で──
バ「──ごちそうさまでした。」
そう告げた。
意味を悟った瞬間、キタニとなとりの顔色が変わる。
驚愕と困惑と、怒りにも似た感情が一瞬にして混じり合い視線が鋭く彼を射抜く。
だが彼はまるで気にも留めない。
むしろその反応すら愉しんでいるかのように口角を上げ、軽やかな足取りで通路を去っていった。
残された空気は重く、居心地の悪い沈黙で満たされる。
ドアの隙間から2人の視線がかやに注がれる。
整えきれない乱れた服装、頬を伝う熱、呼吸の乱れ──
そのすべてが、彼の言葉を裏付けてしまっていた。
タ「……かや。」
先に口を開いたのはキタニだった。
声は抑えられていたが、その震えは怒りか、失望か、それとも嫉妬か。
なとりは何も言わず、ただ困惑した目でこちらを見つめていた。
優しいはずの眼差しに混じる痛ましい色が、胸を締め付ける。
「違……うの……。」
必死に声を絞り出すが説得力など、どこにもなかった。
何より、自分自身が否定しきれない。
ドアの外に残された2人と個室の中のかやとの間に横たわる溝は、あまりに深く重苦しかった。
──そして、その場に残されたのは彼の“ごちそうさまでした”という言葉だけ。
それは呪いのように耳から離れず、胸を抉り続けていた。