第12章 拒絶と欲望の狭間で
バ「……そっか。」
ボーカルは苦笑して、1歩引いた。
バ「じゃあ、またどこかで。邪魔したね。」
そう言って去っていく。
残された空気は妙に張り詰めていた。
女は慌てて笑みを作る。
「ごめんね……。なんか、私のせいで。」
な「かやのせいじゃないよ。」
先に答えたのはなとりだった。
その声はやわらかいのに、どこか切実で胸に迫るものがある。
タ「そうそう。むしろお前が人から誘われるのは当然だから。」
キタニは軽く肩を竦め、ふざけたように続ける。
タ「ただ……俺の前で他の男と交換するのは、ちょっと面白くない。」
その言葉は冗談に聞こえるのに、視線の奥に真剣さが見え隠れしていた。
なとりは唇を噛んだ。
な「……僕も、嫌です。誰かに連れていかれるのは。」
2人の言葉が、女の胸を挟み込むように突き刺さる。
制止は優しく、それでいて独占欲を隠しきれない。
息を呑み、女は目を逸らした。
それ以上何か言えば、火種を大きくするのは分かっていた。
けれど、2人の視線が重く絡みつき逃げ場を許さない。
華やかな音楽番組の舞台裏。
賑やかな笑い声や歓声の残響の中で彼ら3人の間だけが、妙に張り詰めた静けさに包まれていた。
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打ち上げの会場は薄暗い照明に音楽が響く、まるでライブハウスの延長のような空気だった。
出演者や関係者たちがグラスを手に笑い合い、ステージ裏の緊張感から解放されたように賑やかに声を交わしている。
女は少しアルコールで頬を火照らせながらも、テーブルの端でグラスを傾けていた。
――キタニとなとり。
2人の存在が近くにあるのを感じるだけで、妙に意識が張り詰める。
彼らは仕事仲間であり、大切な人であり、それ以上でもありそうで……
けれど、まだ曖昧なままの関係。
そんな思考に揺れながらも、女は
「ちょっとトイレ。」
と言って席を立った。