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上書きしちゃった

第12章 拒絶と欲望の狭間で


夜、投稿ボタンを押した瞬間の胸の高鳴りは、やはり特別だった。

どれだけ経験を重ねても自分の声をネットに放つ瞬間は、少し震える。

新しくアップロードした“歌ってみた”の動画。

歌詞に惹かれ、どうしても今の気分に近いと感じて迷いなく選んだ曲だった。

再生数はまだ伸びていない。

けれど通知が鳴るよりも早く、スマホの画面が震える。

――同時に2件。

差出人はキタニと、なとり。

一瞬、心臓が跳ねた。

まさか、2人が同じタイミングで。

開いてみると、まずキタニ。

タ【今のお前の気持ち?】

いつもの余裕を漂わせた軽口。

冗談なのは分かっているのに、妙に胸を突かれる。

続けて、なとり。

な【俺のこと考えてくれてうれしいです】

短い1文。

けれど、その言葉の裏にある照れや真剣さが画面越しに滲んでいた。

「えっ……ちがっ……。」

思わず声に出してしまう。

どちらも正解ではないのに、どちらも外れているわけでもない。

慌てて両方に返信する。

『偶然だから! 本当に! 歌いたいだけで選んだ曲だよ』

すぐに既読がついた。

けれど、2人はまるで示し合わせたかのように返してくる。

キタニから。

タ【へえ、偶然ね。そういうことにしといてやるよ】

なとりから。

な【でも、やっぱり……俺には偶然に思えないです】

2人の言葉に挟まれ、胸がぎゅっと締めつけられる。

どちらの言葉も、簡単には否定できなかった。

指先が震える。

返信を打とうとするが、正しい言葉が見つからない。

通知がまた鳴った。

キタニ。

タ【歌詞のあの部分、お前が口にすると妙にリアルなんだよな。俺だけそう感じる?】

続けて、なとり。

な【僕もそう思いました。……僕に言ってくれてるみたいで】

2人の視線が、見えもしないのに重たく突き刺さる。

胸の奥がざわついて、熱を帯びてくる。

――思い出す。

酔いに任せて、2人の間で揺れた夜。

互いに譲らず、余裕と嫉妬をぶつけ合いながら自分を奪った2人の手。

あのときの感触が、歌に重なって蘇る。

「ちがう……ただ歌っただけなのに。」

自分に言い聞かせるように呟いても、心は落ち着かない。

スマホが再び震える。

キタニ。
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