第9章 離れることは許されない
中年の女性が彼女に落ち着いて話をしましょうと話しかけたことで、彼女はベッドから降りてその女性に頭を下げる。
「初めまして、悟の母です。息子を助けてくれたこと、深く感謝致します。ですが、私たちが面倒を診るので、あなたはもう帰ってよろしいですよ。」
帰る…?どこに…。
悟くんの家に来たのでもうあのアパートに戻れない。
あなたは悟のなんなのですかと問われて、言い淀む。
婚約者がいる前で、はっきりと言えなかった。
「御子神さんは五条さんの彼女です。五条さんがそう言っていました。結婚するとも…。」
伊地知さん!?今それ言ったらいけないのでは?
悟くんのお母様は瞼をぴくりと動かし、婚約者は目を吊り上げた。
私を睨まないで欲しい…悟くんが言ってたって伊地知さんが言ったじゃないか。
男性は特に反応を示さない。
あの人は悟くんのお父様なのだろうか、先程から喋っていないので寡黙な方なのだろう。
「御子神さん、すみませんが、悟は雫さんと結婚するので、身を引いて頂けませんか?」
お母様が何もないあなたとは結婚させらないと言う。
何もない、とは?何もなかったら結婚しちゃいけないのか。
ここでご両親の同意を得られないのであれば、私が悟くんと一緒にいるのは厳しいだろう。
なんとかすると決めたのに…。
「奏音……。」
ずっと私の腕を掴んだままの悟くんに呼ばれてそちらを見ると、ずっと握ったままだった手を差し出し広げた。
その手の中にあったのは、美しい石がついた指輪だった。
掴んだままの私の左手を持ち、薬指にはめる。
え…これって…婚約指輪では?
「悟くん…?」
「今すぐ出てってよ…その指輪持ってっていいから!売ってお金にしたらいい!早く出てって!!もう悟に近付かないで!!」
婚約者の女性がヒステリックに叫び、肩を震わせた。
「何もないと仰っておりましたが、五条さんを生き返らせたのも術式を戻したのも、術式を取り戻したことで死んでいたかもしれない五条さんを救ったのも、全て御子神さんです。」
伊地知さんが私の術は常に悟くんを守っているのだと言ってくれる。
今もその脳を修復しているのだろう。