第1章 『普通』
季節は移り変わり、藤の花が咲き乱れる季節になった。父と私は、二人で産屋敷邸を訪れていた。
廊下を歩くたび、私の心臓は緊張で早鐘を打っていた。父の表情は、いつもと違い、固く引き締まっている。私はただ、彼の背中を静かに見つめることしかできなかった。
やがて、私たちは奥の間に通された。お館様は、いつものように穏やかな笑みを浮かべ、私たちを迎えてくださった。
「ようこそ。遠路はるばる、ありがとう。」
「お館様…この度は、娘のことで、誠に申し訳ございません。」
父は深々と頭を下げ、私のことも促した。私も父にならって、お館様に頭を下げた。
「頭をお上げ。君の娘さんのこと、手紙で拝見したよ。そして、君がどれほど心を痛めているかも、よく分かる。」
お館様の優しい声が、部屋に響き渡った。
「お館様…娘は刀も振れず、何の取り柄もないただの娘です。鬼殺隊のような過酷な場所に、娘を送ることは…親として、どうしても受け入れ難く…」
父は言葉を詰まらせながら、必死に訴えた。私も、父の言葉に頷いた。鬼殺隊に入りたいと願ったのは私だが、その現実に、私自身も不安を抱えていたからだ。
お館様は、静かに頷かれた。
「君の気持ちは、痛いほど分かる。私も、この子たちには同じように思っているから。」
そう言って、お館様は横に控えていた娘の輝利哉様とくいな様の方に目を向けられた。
「しかし、鬼殺隊は、刀を振るう者だけで成り立っているわけではない。鬼を追う者、療養を助ける者、そして…君の娘さんのように、頭脳で鬼を追い詰める者も、必ず必要になる。」