第1章 『普通』
十六になった私は、いつものように両親と共に産屋敷邸を訪れることになった。ただ、その日はいつもと少し違った。
「今日は、療養中の隊士の方々をねぎらいに行きます。少しでも、君の心が豊かになればと父さんと話したのよ。」
母は、私の手を優しく握りながらそう言った。
「…はい」
私の心に芽生えた、漠然とした鬼殺隊への憧れ。それを察してくれたのかもしれない。父と母は、私が平和な箱庭に閉じこもっていることを、少し心配していたようだった。
蝶屋敷は、産屋敷邸とは異なる活気に満ちていた。怪我を負った隊士たちの声や、看護する者たちの足音が聞こえてくる。廊下を歩くだけで、私が知らない「現実」がそこにはあった。
案内された部屋の扉を開けると、そこにいたのは三人の少年だった。
一人は、額に大きな傷を負い、それでも太陽のように明るい瞳を持つ少年。
もう一人は、黄色い羽織をまとい、どこか臆病そうな雰囲気の少年。
そして、獣の頭をかぶったまま、こちらをじっと見つめている少年。
黄色い羽織の少年が、私を見て目を丸くした。
「うわー!お屋敷のお嬢様だ!俺、こんな綺麗な人と話すの初めて!」
「うるさい!善逸、静かにしろ!」
額に傷のある少年が、そう言って善逸を叱った。彼の声は、静かでありながら、芯の通った力強さがあった。
「こんにちは。お見舞いに参りました、産屋敷家とご縁のある者です。」
私がそう自己紹介をすると、彼はゆっくりと立ち上がり、私に向かって深く頭を下げた。
「ご丁寧にご挨拶ありがとうございます。俺は竈門炭治郎といいます。この度は、俺たちのためにわざわざお見舞いに来てくださって、本当にありがとうございます」
彼の真摯な態度に、私は胸が締め付けられるような気持ちになった。私はただ父の付き添いで来ただけなのに、彼は心から感謝を伝えてくれている。
「いえ、私は何も…。ただ、父があなた方を応援しているから、少しでも力になれたらと思って」
私の言葉に、彼は優しく微笑んだ。
「そのお気持ちだけで、俺たちは救われます。たくさんの人に支えられているからこそ、こうして戦うことができるんだと、いつも思っています」
彼の言葉は、私の心を温かく包み込んだ。